シベリウス/交響曲全集
(Jean Sibelius : The Complete Symphonies)

1899年から1924年にかけてのおよそ25年間が、交響曲作家としてのシベリウスの活動時期でございます。
音楽も時代によってそのスタイルが移り変わっていくものですが、19世紀の終わりから20世紀の前半までの音楽界というものは、まさに激動の時代と申してよく、旧来の機能和声法に立脚したロマンティックなものから耳をつんざくような不協和音に満ちたものまで、ありとあらゆる様式がほとんど無秩序に乱立した時期でもありました。
Jean Sibelius, 1865〜1957
1892年に大作「クレルヴォ交響曲」を引っ提げてデビューしたとき、シベリウスの風貌はやや遅れて来たロマン主義的国民楽派のそれでございました。
国民楽派は19世紀の後半からロシア、ボヘミア、ノルウェイ、デンマークなどで花開き、ロシア五人組、スメタナやドヴォルザーク、グリーグやスヴェンセン、ゲーゼなど、著名な作曲家を輩出しました。国民楽派の最大の特徴はいうまでもなく固有の国民性・民族性を色濃く作品に取り込んでいる点であり、ボロディンやリムスキー=コルサコフ、ドヴォルザーク、グリーグなどは、19世紀の80年代以降、ヨーロッパ楽壇のビッグネームとして知られておりました。
「クレルヴォ交響曲」発表からおよそ10年あまりの期間、シベリウスは上記のような国民楽派の一人としてふるまい、国民性に立脚した作曲家としてフィンランドの国民的英雄とみなされるに至りました。今日一般にシベリウスの代表曲として知られる「トゥオネラの白鳥」やカレリア組曲、「フィンランディア」のようなフィンランドの伝説や歴史に基づいた作品の多くは、この時期の産物でございます。そして、シベリウスの全交響曲の中でももっとも人気の高い第1、第2が書かれたのも、まさにこの時期でございました。

ところが、デビューから15年ほどを経た頃から、シベリウスの作風は大きく変化します。それまでの雄弁なスタイルは後退し、作品は著しく内省的になってまいります。同時に楽曲構成は精緻さを増し、形式的には特異な外貌を備えるに至ります。
こうした変化は、シベリウス自身の内的な進展が最大の理由ではありましょうが、同時代の先端的な音楽がその触媒になった面も見過ごすことはできません。シベリウスはドビュッシー、リヒャルト・シュトラウス、シェーンベルクらの新しい音楽に多大の興味をもち、刺激を受けてもおりました。
1907年から1919年にかけて発表された3つの交響曲、とりわけ第4交響曲には、シベリウスなりのもっとも先鋭な実験精神を見ることができます。また、第3と第5の2つの交響曲では、楽章構成の面で新境地が開かれました。すなわち、複数の楽章の融合でございます。

1920年代に至ると、シベリウスの音楽はより簡潔で含蓄の深いものになってまいります。すべてを語り尽くすことを避け、行間を読ませるようなそのスタイルは、作品のもつ比較的小さなサイズに反して、広大な世界を感じさせる余韻の深い音楽として結晶しました。第5交響曲とほぼ同時期に着想されながら、10年近くにわたって様々に構想を変え、推敲され続けた2つの交響曲、第6と第7がこの時期の産物でございます。
4つの楽章をもつ第6交響曲は、清浄な美という点では、シベリウスの全交響曲中随一と申せましょう。そして最後の第7交響曲は、第3、第5で試みた楽章融合の究極の姿、全楽章の融合を実現した単一楽章交響曲となりました。

第7交響曲のあとも、シベリウスは交響曲作曲の筆を折ろうとは考えておりませんでした。1920年代の終わりから40年代にかけて、第8交響曲を生み出すための膨大な努力が積み重ねられます。
1930年頃、シベリウスは「翌年のシーズンにはアメリカで第8を初演できる」とクーセヴィツキーに書き送っており、1933年には第1楽章の完成が報じられております。1930年代はとりわけアメリカとイギリスでシベリウスの名声が大いに高まった時期で、第8交響曲に対する期待度も膨れ上がり、シベリウスもそれに応えようと尽力したようでございます。
しかしながら、第8交響曲はついに世に出ることはありませんでした。1945年、シベリウスが自筆譜を焼き捨てるのを妻のアイノが目撃しております。そのとき失われた作品の中に第8交響曲が含まれていた可能性は否定できません。また、シベリウスは生前「第8交響曲は何度も完成した」と語っており、交響曲が書かれてはその度に破棄されたことが窺われます。
世間の期待と自己批判の狭間でシベリウスが苦闘していたことは事実だったのでしょう。しかし、同時に当時の音楽の潮流が無調から十二音技法、あるいはストラヴィンスキー式の乾燥した新古典主義に向かっていたことも見逃せません。
シベリウスは「みんなが色々なカクテルを作っているときに、私は冷たい真水を提供した」という意味のことを語っておりますが、もはや「冷たい真水」が求められる時代ではないことを感じていたのではないでしょうか?

シベリウスの残した7つの交響曲は、様式上でも世界観においても、大きな振幅をもっております。ベートーヴェン以降、生涯にわたって交響曲を書き続けた作曲家は何人もおりますが、出発点から到達点までの様式や表現の変化・深化の大きさにおいて、シベリウスの交響曲は特筆すべき存在でございます。
「あそびの音楽館」では、これら7つの交響曲のすべてを2台ピアノ用にアレンジしてみました。オーケストレーションの妙に満ちたこれらの作品をピアノの音色に置き換えることは、原曲の魅力を著しく削ぐことになりますので、はたしてお楽しみいただけるものだかどうだか大いに危惧はございますが、時間つぶしにでもお耳を拝借できれば幸甚でございます。

(2006.1.28〜2016.8.29)

 交響曲第1番 ホ短調 作品39(Symphony No.1 in E minor, Op.39) 
 交響曲第2番 ニ長調 作品43(Symphony No.2 in D major, Op.43) 
 交響曲第3番 ハ長調 作品52(Symphony No.3 in C major, Op.52)  
 交響曲第4番 イ短調 作品63(Symphony No.4 in A minor, Op.63) 
 交響曲第5番 変ホ長調 作品82(Symphony No.5 in E flat major, Op.82) 
 交響曲第6番 ニ調 作品104(Symphony No.6 in D, Op.104) 
 交響曲第7番 ハ長調 作品105(Symphony No.7 in C major, Op.105) 

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◇背景画像提供:自然いっぱいの素材集
◇編曲・MIDIデータ作成:Jun-T ◇録 音:jimma