◇ニーベルングの指環・第1夜◇

ワルキューレ(Die Walküre)

◇あそびのリブレット◇


●ブリュンヒルデ●
私の罪は、それほど大きかったのでしょうか?
こんな恥辱を受けなければならないほど、大きな罪だったのでしょうか?
お父様、どうか答えてください。
私の目を見て、私が本当はどんな罪を犯したのか、はっきり宣告してください。

●ヴォータン●
自分のやったことに訊ねてみるがいい。

●ブリュンヒルデ●
私は、お父様のご命令を実行しただけです。

●ヴォータン●
わしが命じたというのか、ヴェルズングのために戦えと?

●ブリュンヒルデ●
そうお命じになりました。

●ヴォータン●
その命令は撤回したはずだ!

●ブリュンヒルデ●
フリッカの横槍が、お父様の本心に逆らう決定をさせたのです。
お父様はフリッカの考えに従うことで、ご自分を敵に回したのです。

●ヴォータン●
わしの本心を理解していると思ったからこそ、おまえが暴走しないように釘を刺したのだ。
おまえはわしを臆病者と思っている。
わしがこんなに怒っているのは、おまえがそれに値する者だからだ。
そうでなければ報復などしない。

●ブリュンヒルデ●
愚かな娘ですが、私にもひとつだけわかることがあります。
それは、お父様はあのヴェルズングを愛していたということ。
お父様の心は二つに裂かれ、ジークムントを守ることは諦めるしかなかった。

●ヴォータン●
それを知りながら、おまえはジークムントに味方したのか?
わしが苦渋の決断をしたというのに!

●ブリュンヒルデ●
私にはお父様の心が見えました。
戦場でいつもお父様の背中を見ていた私だけが、それを見たのです!
私はジークムントに会いました。
死を宣告しながら、あの英雄の目を見、言葉を聞きました。
私は打たれました、最大の危機に見舞われた英雄の、気高いまでの反抗精神に!
私の心は震え、ジークムントと生死を共にしようという決意が漲りました。
ヴェルズングへの、お父様の大きな愛が私には実感できました。
だからこそ、私はお父様のご命令にあえて逆らったのです!

●ヴォータン●
おまえは、わしにできなかったことをしたというのか?
引き裂かれた心のためにわしが諦めたことを、おまえが代わってやったと?
わしは壮絶な悩みの中にいたのだ。
この世界を破滅させないために、ヴェルズングへの愛を押さえつけた。
その苦しみは、この世の支配者にしか理解できまい。
わしは、世界のすべてを廃墟にして、この苦しみに終止符を打ちたいとさえ考えたのだ!
おまえが心地よい愛の美酒を飲んでいるとき、わしは苦い汁を飲まねばならなかったのだ!

軽率なおまえは、自分のしたことを償うがいい。
わしはおまえから離れる。
われわれはもはや苦楽を共にすることはない。
いかに長い寿命があろうと、互いに二度と会うことはないのだ。

●ブリュンヒルデ●
愚かな私は、お父様の深いお考えを理解することはできませんでした。
私にはたったひとつのことしか理解できなかったのです。
それは私の心の中から出てきた言葉でした。
お父様の愛したものを、私も愛すべきだという、ただそれだけだったのです。

私の存在は、お父様の一部でした。
ご自分の一部を引き裂いて捨てるのですから、どうかお父様、私のことを忘れないでください。
お父様ご自身を汚すような仕打ちはなさらないでください。
私への辱めは、お父様にとっても恥辱になってしまいます!

●ヴォータン●
おまえは自分の意志で愛の力に従ったのだから、これからもそうすればいい。
おまえを目覚めさせる、どこかの男の愛に従えばよかろう!

●ブリュンヒルデ●
私がどんな男のものになるのかわかりませんが、臆病者に従うのはイヤです!
つまらない男が私を手に入れるのは我慢できません!

●ヴォータン●
神々の一族を離れたおまえに、相手を選ぶ権利などあるはずがなかろう。

●ブリュンヒルデ●
お父様は、ヴェルズングという高貴な一族を創造なさいました。
そこには、臆病者は一人もいません。
この世でもっとも偉大な英雄が、ヴェルズングの一族から生まれるのです。

●ヴォータン●
ヴェルズングのことは、もういい!
わしはあの一族からは手を引くのだから。
ヴェルズングは、もはや滅びるしかないのだ。

●ブリュンヒルデ●
ひとりの女がヴェルズング族を救います!
ジークリンデが、高貴な英雄を宿しているのです!
彼女は、恐ろしい苦痛と悲しみの中で、その子を産み落とすことでしょう!

●ヴォータン●
ジークリンデに力を貸せということなら、それはできない相談だ。
むろん、腹の中の子も同じことだ!

●ブリュンヒルデ●
彼女は、ジークムントの形見の剣を持っています。

●ヴォータン●
それを打ち砕いたのだ、このわしが!

ブリュンヒルデよ、つまらぬ小細工はやめるがいい。
わしの気持ちを乱そうとしても無駄なことだ。
どのような運命であろうと、おまえは受け容れねばならぬ。
そう決めた以上、わしには、それを変えることはできないのだ。

もう立ち去らねばならん、長居をしすぎたようだ。
だが、その前にせねばならんことがある。
おまえに下した罰を見届ける必要がある。

●ブリュンヒルデ●
お父様…何を考えておいでですか?

●ヴォータン●
深い眠りの中に、おまえを閉じ込めねばならん。
最初におまえを見つけて目覚めさせた者が、おまえを妻とするのだ。

●ブリュンヒルデ●
何も知らずに寝ていたら、くだらない男が私を手に入れてしまいます!
お父様、これだけは聞いてください!
臆病者が近づけないように、何か恐ろしいもので私を守ってください!
真の英雄だけが、私を目覚めさせるように!

●ヴォータン●
おまえは多くを求めすぎる!

●ブリュンヒルデ●
いいえ、これだけはお願いします!
もしお聞き入れいただけないのなら、いっそのこと私を打ち砕いてください!
その槍で、私を滅ぼしてください!
お父様、私を恐ろしい火で隠してください。
この岩山を炎で覆って、厚かましい臆病者が近づけないようにしてください!

●ヴォータン●
(ブリュンヒルデを強く抱きしめる)
さらばだ、わしの最愛の娘よ!
おまえと、ついに別れねばならん。
もはや共に戦場を駆けることもできぬ。
わしの目を喜ばせたその姿も、二度と見ることはかなわぬ…

かつてどんな花嫁も見たことのない、巨大な炎を立ち上げよう!
おまえを恐ろしい炎に守らせよう!
総毛立つほどのすさまじい炎がおまえを取り巻き、臆病者は逃げ出すのだ。
このブリュンヒルデの岩から!
この娘を目覚めさせるのはただひとり、
神であるわしよりも自由な英雄のみ!

輝く二つの瞳よ、そのきらめきをわしは楽しんだものだった。
ヴァルハラで、戦場で、嵐の中で、おまえの瞳はわしに向かって輝いた。
だが、もはやその楽しみも終わりだ。
いつの日か、わしよりも幸せな男のために、おまえの瞳は輝くことになる。
いまはその喜ばしい目は、閉じられねばならぬ。
おまえから神は去る。
接吻によって、おまえから神性は失われるのだ。
(ブリュンヒルデに接吻する。神性は奪われ、ブリュンヒルデは深い眠りに落ちる)

ローゲよ、聞け!
ローゲよ、ここへ来い!
かつてわしの手足であり、今は姿を消したおまえだが、いまこそ戻って来い!
この岩を炎で覆うのだ!
ローゲ、聞け!
炎で覆い尽くせ!

(岩山を激しい炎が取り巻く。ヴォータン、槍を高々と掲げる)

わが槍を恐れる者は、この炎を越えてはならぬ!

(幕)

▲戻る 

「ニーベルングの指環」に戻ります
◇背景画像提供:フリー写真素材Canary様
◇テキスト:Jun-T