(前奏曲(ワルキューレの騎行)。険しい岩山。仕事を終えて戦場から戻ってきたワルキューレたちが、陽気に歌い戯れている)
●ワルキューレたち●
あれを見て!
ブリュンヒルデがものすごい勢いでやってくる!
いったいどうしたのかしら?
あの強い天馬グラーネが、泡を吹いて倒れそうな勢いよ!
(ジークリンデを庇いながら駆け込んでくるブリュンヒルデ。二人に駆け寄るワルキューレたち)
●ブリュンヒルデ●
みんな、お願いよ!
この人を助けてあげて!
●ワルキューレたち●
姉さん、いったい何があったの?
その人は誰なの?
●ブリュンヒルデ●
戦いの父が追ってくるの!
あなたたちの手助けが必要なの!
●ワルキューレたち●
お父様を怒らせたの!?
姉さんたら、なんてことを……!
●ブリュンヒルデ●
もう時間がない!
急がないと、お父様が追いついてしまうわ!
お願い、みんな、助けて!
この人を守ってあげて!
●ワルキューレたち●
その人は、誰?
なんで、うちらが助けなきゃいけないの?
●ブリュンヒルデ●
この人の名はジークリンデ。
ヴェルズンクのジークムントが愛した人なの!
お父様は私にジークムントを倒せといったのだけれど、私はジークムントに味方したの。
だから、お父様はとても怒っている。
このままではジークリンデまで殺されてしまう。
お父様はヴェルズングを全滅させようとしているの。
妹たち、私を哀れと思って協力して!
●ワルキューレたち●
馬鹿な姉さん、お父様の命令に背くなんて!
●ブリュンヒルデ●
もう時間がない、誰かこの人を乗せる馬を貸してちょうだい!
●ワルキューレたち●
いやよ、うちらまで叱られちゃう!
●ブリュンヒルデ●
意地悪しないで、誰か、馬を!
(それまで死んだようにぐったりしていたジークリンデ、やおら立ち上がって前に進み出る)
●ジークリンデ●
やめて、私のことでもめるのは!
愛しいジークムントがいなくなって、私にはもう生きる意味がありません。
(ブリュンヒルデに向かって)
あなたはどうしてあそこから私を連れ出したの?
ジークムントが倒れたとき、私も一緒に死んでしまいたかったのに!
いっそのこと、私をあなたの手で殺してください!
そうすれば、あなたのことを恨まなくて済むわ!
●ブリュンヒルデ●
あなたは死んではいけないのよ、ジークリンデ!
だって、あなたは愛の結晶を宿しているんだから。
ジークムントとあなたの愛の証が、あなたの中で育っているの!
(ジークリンデ、一瞬呆然とし、続いて歓喜の情に顔を輝かせる)
●ジークリンデ●
お願いです、私を助けて!
この子の命を救うために、私を助けてください!
●ワルキューレたち●
嵐が近づいてくるわ、ものすごい勢いで!
姉さん、早くその人を逃がした方がいいわよ!
●ブリュンヒルデ●
ジークリンデ、あなたはひとりで逃げるのです。
私はここにとどまって、ヴォータンの怒りを引き受けましょう。
私が足留めしている間に、できるだけ遠くへ逃げなさい!
●ジークリンデ●
わかりました、でも、どこへ?
どこへ逃げればいいのでしょう?
●ブリュンヒルデ●
東の方へ行ったのは誰?
●ジークルーネ●
東には森があるわ。そこにはファフナーがいる。
●シュヴェルトライテ●
ファフナーは大蛇の姿になって、ニーベルングの宝を守っているわ。
●グリムゲルデ●
あの森は、女の子にお奨めできる場所じゃないわね。
●ブリュンヒルデ●
それが付け目よ。
ファフナーのいる森なら、お父様も好き好んで近づこうとはしない。
●ワルキューレたち●
たいへん、お父様がそこまで来てる!
ものすごい勢いよ!馬の鼻息がここまで聞こえそう!
●ブリュンヒルデ●
(ジークリンデに向かって)
これだけは絶対に忘れないで。
あなたはこの世でいちばん高貴な英雄をそのおなかに宿していることを!
これはあの戦場から、ジークムントの形見として私が拾ってきた剣です。
これをあなたに託しましょう。
いつの日か、真の英雄がこの折れた剣から最強の剣を鍛え上げることでしょう。
あなたの中の英雄に、私が名前をつけてあげましょう。
その名はジークフリート、勝利を喜ぶ人!
●ジークリンデ●
ああ、なんという奇跡でしょう!
勇敢な乙女よ、私はあなたを祝福します!
生きている限り、私はあなたの愛に感謝し続けます!
さようなら!
(ジークリンデ、東の森へ逃げる。すさまじい嵐が近づき、ワルキューレたちは怯えて顔を見合わせる)
●ヴォータンの声●
ブリュンヒルデ、ただではおかんぞ!
●ワルキューレたち●
姉さん、お父様はカンカンよ!
いったいどうするつもりなの?
●ブリュンヒルデ●
みんな、私を助けて!
●ワルキューレたち●
こうなったらもう、みんなで姉さんを隠すしかないわ!
お父様の目にふれないように、みんなで姉さんの姿を隠すのよ!
うまくいけば、気づかれないで済むかも。なんか、可能性低そうだけど…^^;
(すさまじい嵐とともに、怒りに燃えたヴォータン登場)
●ヴォータン●
ブリュンヒルデはどこだ?
どこに隠れている?
●ワルキューレたち●
お父様、そんなにカッカしないでください!
姉さんは、あんまりお父様の剣幕がすごいので、怖くて出て来れないんです。
どうか、穏やかにお願いします!
●ヴォータン●
なんというザマだ、それでもおまえたちはワルキューレか?
わしはおまえたちを強い女に育てたはずだ!
いいつけに背いた娘に罰を与えるからといって、おまえたちがそんなにみっともなく泣き喚くのか?
●ワルキューレたち●
お父様、お願いですからそんなに興奮しないで!
脳溢血にでもなったらたいへんです!
●ヴォータン●
なんという軟弱な娘どもだ、おまえたちは!
そうやって罪を犯した姉を庇いおって、わしを馬鹿にするのもほどほどにしろ!
おまえたちは泣いているが、ブリュンヒルデが何をしでかしたか聞かせてやろう!
よいか、ブリュンヒルデほど、わしの心に近い娘はいなかった。
わしはブリュンヒルデに心を許し、あの娘もわしの心とひとつになっていたのだ。
ところがどうだ、ブリュンヒルデはわしを欺き、わしの深い信頼を裏切ったのだ!
わしの命令に背き、あの娘のためだけに与えた武器をわしの意に逆らって使ったのだ!
聞いているか、ブリュンヒルデ!
わしに武器も命も名前も愛も与えてもらいながら、この父親を愚弄しおって!
この親不孝者めが!
(ブリュンヒルデ、うなだれながら姿を現す)
●ブリュンヒルデ●
お父様、私はここです…
どうか、罰を与えてください…
●ヴォータン●
罰はわしが与えるのではない、おまえ自身が作ったのだ。
わしの命令に従うはずのおまえが、それに反した。
希望の乙女であったおまえが、それを裏切った。
英雄を鼓舞する乙女であったおまえが、わしの意に反する英雄を励ました。
これまでのおまえが何者であったか、わしは語った。
これからのおまえが何者であるのか、おまえが自分でいえばいい。
おまえはもはや希望の乙女ではない。
もはやワルキューレでもない!
おまえはただのおまえになるのだ!
●ブリュンヒルデ●
それは…私を追放するということなのでしょうか?
●ヴォータン●
もはやおまえがヴァルハラから出陣することも、わしの命を受けて戦場を駆け巡ることもない。
英雄とともに、ヴァルハラに帰還することもない。
ヴァルハラの食卓で、わしに酌をすることもない。
わしがおまえの柔らかな唇に優しくキスすることもない。
おまえはわしの前から消えねばならぬ!
神々の一族との絆は断たれ、おまえは天上から追放されるのだ!
●ワルキューレたち●
ああ、姉さん!
●ブリュンヒルデ●
私は、どうなるのでしょう?
●ヴォータン●
おまえを手に入れた男が、おまえを好き勝手にするのだ!
わしはおまえをこの岩山の上に封印する、まったく無防備のまま眠らせてな!
通りすがりのその辺の男がおまえを目覚めさせたら、おまえはその男のものになるのだ!
●ワルキューレたち●
そんな、お父様、それはいくらなんでもひどすぎます!
姉さんがそんな目に遭うなんて、私たちのプライドもずたずたになってしまいます!
お父様、そんな無茶はやめてください!
●ヴォータン●
おまえたちは、耳が悪いのか?
もはやこの娘がおまえたちとともに戦場を駆け巡ることはないのだ!
この裏切り者はどこの馬の骨ともわからん男の妻となり、その男に従うのだ。
炉辺で糸を紡ぎ、取るに足らぬ専業主婦として年老いていくのだ!
人々の嘲りを受けながらな!
さあ、わかったら、おまえたちはブリュンヒルデを残してここから立ち去れ!
この呪われた娘に近づいてはならん!
もしわしに逆らって、まだこの娘を庇いだてするつもりなら、その者も同罪だ。
姉と同じ目に遭わせてやるぞ!
破滅したくなければ、みな今すぐこの場を立ち去るのだ!
●ワルキューレたち●
キャーッ、助けて!
(我先に馬に乗って駆け去るワルキューレたち。ヴォータンとブリュンヒルデの二人だけが残される)