(嵐の夜。荒々しい岩山の麓。雷鳴が轟き、空を稲妻が走っている)
(前奏曲。さすらい人が現れ、冥界の入口に立つ)
●さすらい人●
目覚めよ、ヴァーラ!
長き眠りについているおまえを、今このわしが起こしに来たぞ!
さあ、目を覚まして、さっさと冥界から上ってくるのだ!
わしの目覚まし歌が聞こえたら、急いで駆けつけてこい!
爆睡している場合ではないぞ、永遠の女エルダよ!
(冥界の入り口がほの明るくなり、青い光に照らされたエルダが、全身に霧をまとって登場)
●エルダ●
うるさい歌声だこと……
私の安眠を妨害するのは、いったい誰?
●さすらい人●
うるさい歌声で悪かったな。
わしの目覚まし歌を聞いて眠っていられる者など、この世にはおらん!
わしは世界を駆け巡り、賢い助言を手に入れようと努めたが、
やはりおまえほど知恵のある者はどこにもいなかった。
そういうわけで、おまえの知恵を拝借しようと、ここで目覚まし歌を歌ったわけだ。
●エルダ●
私は眠りつつ、知を司っています。
私が眠っていても、わが娘ノルンたちは起きて運命の綱を編み、
私の知をせっせと紡いでいるはず。
あの娘たちに尋ねればよいのです、わざわざ私を起こさなくとも。
●さすらい人●
ノルンどもは、自分で何をしているかもわからず、
ただ機械的に綱を編んでいるに過ぎぬ。
しかしおまえなら、きっとよい助言をくれるだろうとわしは期待しているのだ。
教えてくれぬか、どうしたらこの運命の車輪を止めることができるのかを。
●エルダ●
殿方のなさることは、ほんとうに私の気を滅入らせることばかり……!
あなたもかつて、私を手篭めにして娘を産ませたことを覚えておいででしょう?
あの娘は勇敢だし、とても賢いわ。
あなたはなぜ、ヴォータンとエルダの娘に尋ねないの?
●さすらい人●
ブリュンヒルデのことか。
あの子は、わしに逆らったのだ!
わしが自分の望みを無理に抑えて耐えたというのに、
あの子はわしの命令を守らず、勝手にわしの望みを実行しようとしたのだ。
わしはあの子を罰しなければならず、そして罰した……。
あの子は今、深い眠りの中にいる。
あの子が目覚めるのは、人間の男の妻になる時だけだ。
そんな娘に、何を尋ねよというのか?
●エルダ●
なんだか、わけのわからないことばかり……
私が眠っている間に、ワルキューレのリーダーだったはずのあの子が
眠りの中に閉じ込められ、罰を受けている?
父親の望みに沿った行動をとった娘を、
その行動を望んだ父親が罰したというのですか?
私はもう立ち去ります、再び深い眠りの中へ消え去ります!
●さすらい人●
そうはいかぬ!
おまえはかつて、わしに深い不安の棘を刺したのだぞ。
そのために、わしの心は終末への恐れでおののいているのだ。
おまえがこの世で最高の賢者というのなら、教えてもらいたい。
この不安から逃れるには、どうすればよいのか?
●エルダ●
あなたは、偉そうにしているけれど口ほどの男ではないのですね。
ただ強情で乱暴なだけ。
もう、私の邪魔をしないでくださいな。
●さすらい人●
なんだと、おまえこそつまらぬ女ではないか!
賢者などと自惚れるでない!
おまえの知恵など、わしの意志の力の前では
風前の灯より頼りないものだ!
おまえに、わしの考えがわかるのか?
もういい、さっさとねぐらへ帰って爆睡するがいい。
神々の黄昏は、もはやわしを不安に陥れはせぬ!
神々の終末は、わしの望みそのものだからだ!
わしはもう、神々の遺産をあのすばらしいヴェルズングの子に
気前よく与えてやることに決めたぞ!
あの若者は、わしの意志とは無関係に自らの力だけで
ニーベルングの指環を手に入れたのだ。
恐れを知らぬあの子の前では、アルベリヒの呪いも力を失う!
見ておれ、あの子はブリュンヒルデを目覚めさせ、
その力を得て世界を救うことになろう!
さあ、わかったら、もう眠ってしまえ!
わしの最期を夢の中で見るがいい。
わしは心からの喜びとともに、あの若者に道を譲るとしよう。
大地の底へ帰れ、エルダよ!
そこで永遠に眠り続けるがいい!
(エルダは眠りながら、大地の底へと沈んでゆく。嵐が静まり、月明りが辺りを照らす。それを見届けたさすらい人は、岩にもたれながら何かを待っている様子)
●さすらい人●
……ジークフリートがやってきたな。
(森の小鳥が飛んでくるが、何かに怯えたように飛び去る。ジークフリート登場)
●ジークフリート●
小鳥が飛んでいってしまった!
せっかくここまで案内してくれたのに、どうしたんだろう?
あとは自分で探せということか?
●さすらい人●
そこの若いの、どこへ行こうというのかな?
●ジークフリート●
誰だか知らないが、道を教えてくれるかな?
おれは炎の岩山というのを探してる。
そこには女の人が眠っているんだ。
おれは、その人の眠りを覚ましたいんだ。
●さすらい人●
ほう、誰がそんなことをおまえに教えたのかな?
●ジークフリート●
森の小鳥が教えてくれたのさ。
●さすらい人●
小鳥はいろいろとさえずるが、その意味がわかる者はいないはずだ。
おまえはどうして意味がわかるのかね?
●ジークフリート●
大蛇の血のおかげさ!
大蛇はおれがやっつけたんだが、その血を舐めたら急に
小鳥の歌の意味がわかるようになったんだ。
●さすらい人●
ほう、大蛇を倒したのか!
だが、おまえに大蛇を倒せといったのは誰なのかな?
●ジークフリート●
ミーメのやつが、おれに「恐れ」というものを教えようとして
大蛇の洞窟に連れて行ったのさ。
だけど、おれがこの剣で大蛇を倒したのは、
大蛇のやつがでかい口をあけておれを呑み込もうとしたからだ。
●さすらい人●
なるほどな。
だが、大蛇を倒すほど強い剣を、いったい誰が鍛えたのかね?
●ジークフリート●
おれが自分でやったんだ、剣の破片を使ってね。
ミーメのやつにはできなかったからな。
●さすらい人●
では、その剣の破片は、いったい誰が作ったのかね?
●ジークフリート●
そんなこと知るもんか!
知ってるのは、破片じゃ役に立たないってことだけだ。
ちゃんとした剣に鍛え直さなきゃな。
●さすらい人●
わっはっは、そりゃそうだ!
(さすらい人、ジークフリートを慈愛に満ちた目で眺める)
●ジークフリート●
何がそんなにおかしいんだ?
いいかげんにしろよ、じいさん!
おれは年寄りの暇つぶしに付き合う気はないんだ。
道を知ってるなら、さっさと教えてくれ!
知らないんなら、黙ってすっこんでろ!
●さすらい人●
おいおい若いの、わしをじじい呼ばわりするのなら、
年寄りに対する敬意をそれなりに払ったらどうだ?
●ジークフリート●
あ〜〜もう、イラつくじじいだな!
おれはこれまで、ずっと年寄りに邪魔され続けなんだよ。
だから、そいつをたたっ斬ってやったばかりなんだ。
あんたも、余計な真似はしない方がいい。
ミーメみたいな目に遭いたくないならな!
(ジークフリート、さすらい人をじろじろと見る)
●ジークフリート●
じいさん、なんでそんなでかい帽子をかぶってるんだ?
しかも、顔が見えないほどそんなに深く?
●さすらい人●
向かい風の中を歩くさすらい人には、
これがふさわしい姿なのだ。
●ジークフリート●
おい、あんたには片目がないじゃないか!
そうか、どっか他でも余計なおしゃべりで誰かの邪魔をして、
ぶん殴られて片目をなくしたにちがいない。
さあ、さっさとそこをどいてくれ。
さもないと、残りの目玉も叩き潰してやるぞ!
●さすらい人●
若いの、このわしが誰であるかを知ったら、
そんな口はきけないはずだがな。
おまえのことは、ずっと前から気にかけていたのだ。
そのおまえにそんな態度を見せられると、
わしはとても情けなくなってしまうぞ。
はるか昔から、わしはおまえの一族を、心から愛してきたのだ。
ま、たまには怒りを爆発させて、恐怖のどん底に叩き込んだこともあったがな。
この世で最も偉大な神がこれほど優しくしているのだ、
わしを怒らせるようなことはもうよさぬか。
でないと、どうなっても知らんぞ。
●ジークフリート●
頑固者のクソじじいめ!
もうたくさんだ、そこをどいて通してくれ!
その先に、炎の岩山への道があるんだろう?
森の小鳥が教えてくれたんだ、おれは知ってるぞ!
あの小鳥はどっかに飛んでいってしまったけど。
(さすらい人、怒りのオーラを全身から発する)
●さすらい人●
小鳥はわしを恐れて逃げ出したのだ、
わしはカラスの使い主だからな。
おまえもこの道を無事に通ることなどできんぞ!
●ジークフリート●
どうしてもおれを邪魔するっていうのか?
いったいあんたは何者なんだ?
●さすらい人●
わしはこの岩山の主だ。
乙女を炎の中で眠らせているのもわしの力だ。
乙女を目覚めさせるつもりなら、このわしを倒さねばならんぞ!
あの激しい炎を見よ!
恐ろしい炎が、おまえを包み込んで焼き尽くすぞ!
わかったら、尻尾を巻いて立ち去るがよい!
●ジークフリート●
あんたこそ立ち去れ!
じじいのくせに大ボラ吹くなよ!
おれは絶対、ブリュンヒルデのところに行くんだ!
●さすらい人●
炎を恐れないというなら、この槍はどうだ?
わしはまだ、世界を支配しているのだぞ!
おまえのその剣にしたところで、
かつてわしのこの槍に打ち砕かれたのだ。
もう一度へし折ってくれる!
(さすらい人が槍を突き出すと、ジークフリートも剣を抜いて身構える)
●ジークフリート●
おまえが、父さんの仇だったのか!
ここで会ったのが貴様の運の尽きだ!
かかってこい、この剣の力を見せてやる!
(槍と剣が激しくぶつかる。槍はまっぷたつに折れる。二人ともじっとしている。やがて、さすらい人がゆっくりと折れた槍を拾う)
●さすらい人●
よろしい、行くがよい……
もはやわしには、おまえを止めることはできぬ!
(さすらい人、姿を消す)