◇ニーベルングの指環・第2夜◇

ジークフリート(Siegfried)

◇あそびのリブレット◇

ジークフリート、角笛を高らかに吹き鳴らす。しばらくすると、洞窟の奥から大蛇ファフナーが姿を現す

●ジークフリート●
ははは、おれの角笛が、また面白そうなやつを呼び寄せたぞ!

●ファフナー●
何者だ、そこにいるのは?

●ジークフリート●
おや、おまえは獣なのに人の言葉が喋れるのか?
さあ、おれに「恐れ」というものを教えてくれ!

●ファフナー●
このガキは、阿呆か?

●ジークフリート●
おい、おれは「恐れ」を習うためにここで待ってたんだ。
さっさと教えろ、でないと、痛い目に遭わせてやるぞ!

●ファフナー●
水を飲みに出てきたが、食い物にもありついたようだ。

●ジークフリート●
おまえの餌になるなんか、まっぴらだ!
そのデカすぎる口を閉じて、かわいい歯を隠したらどうだ!

●ファフナー●
こいつ、呆れかえったクソガキだな。

●ジークフリート●
教える気がないなら、おまえに用はない。
覚悟しろ、クソガキが行くぞ!

●ファフナー●
身の程知らずのガキめ、かかってこい!

(ジークフリート、剣を構えて大蛇に向かう。大蛇とジークフリートの死闘。尻尾の攻撃をかわしながら接近したジークフリート、ついに大蛇の心臓にノートゥングを突き立てる。苦悶の叫びを上げる大蛇)

●ジークフリート●
どうだ、ノートゥングがおまえの心臓を貫いたぞ!

●ファフナー●
ただ者ではないな、小僧……
だが、この仕業はおまえの頭で考え出したことではあるまい?
わしの宝を狙うやつが、おまえをけしかけたに違いない……
いいか小僧、これだけはいっておくぞ、
おまえが倒した相手がいったい何者だったのか、ということだけはな。
誇り高き巨人族、ファゾルトとファフナーも、ついに最後の一人が滅ぶことになったのだ。
かつてわしは、ニーベルングの呪いによって、兄のファゾルトを撃ち殺した。
そして大蛇に変身し、財宝を守ってきたのだが、
このファフナーも、ついに亡びる時がやってきたのだ……
小僧、気をつけろ、おまえをけしかけてわしを殺させたやつに……

●ジークフリート●
死を前にしたおまえの言葉は、心がこもっているように聞こえる。
おれはまだ自分のこともろくに知らないが、おまえなら答えてくれるかもしれない。
おれの名前から、知っていることを教えて欲しいんだ。
おれの名は、ジークフリートという。

●ファフナー●
ジークフリート!……

(ファフナー、大きく息を吐きだして死ぬ)

●ジークフリート●
死んだ者は教えてくれない……

(ジークフリート、大蛇の心臓から剣を抜く。大蛇の血潮がジークフリートの指を濡らす)

●ジークフリート●
あちちちっ!!

(ジークフリート、思わず血のついた指を舐める。すると、小鳥の声が違ったように聞こえ始める)

●ジークフリート●
これはどうしたことだ?
小鳥の歌の意味がわかるような気がする……!
大蛇の血を舐めたせいか?

(ジークフリート、小鳥の声に耳を澄ます)

●森の小鳥●
ハーイ、ジークフリートが宝を手に入れてよかったわ!
ジークフリートが隠れ兜と指環を手に入れるといいな!
隠れ兜はとても役に立つし、指環を持てば世界を支配できる!

●ジークフリート●
そうか、わかったよ!
喜んで、おまえのいうとおりにするよ!

(ジークフリート、洞窟の奥に入って行く。ジークフリートの姿が見えなくなると、隠れていたミーメが現れて洞窟に入ろうとする。そこに飛び出すアルベリヒ)

●アルベリヒ●
おい、どこへ行くつもりだ?
隠れてこそこそ悪企みか?

●ミーメ●
呪われた兄貴め、おまえに用はない!
そこをどけ、邪魔だ!

●アルベリヒ●
なんだと、あのガキに仕事をさせて、宝は横取りしようというのか?

●ミーメ●
あの子を育て上げた報酬をもらうだけだ!
文句あるか?

●アルベリヒ●
育てたからといって、王様にまでなろうってのか?
そもそも、おまえが、いつラインの黄金で指環を作ったというんだ?
指環を作ったのが誰か、思い出させてやろうか!

●ミーメ●
それをいうなら、隠れ兜を作ったのは誰だ?
あれをおまえが考え出したとでもいうつもりか?

●アルベリヒ●
ふざけるな、あれが作れたのは指環の魔力あってのことだ!
おまえの力だけで出来てたまるか!

●ミーメ●
そうかい、そうかい、わかったよ!
それなら、あの指環はおまえが取っておけばいいさ!
わしは隠れ兜だけで満足するとしよう。

●アルベリヒ●
おまえが隠れ兜を取るだと?
それではわしは、安心して眠ることもできんじゃないか!

●ミーメ●
なんだと?分配もしないというのか!

●アルベリヒ●
おまえには、釘一本だって渡すものか!
おまえにやるくらいなら、犬にでもくれてやった方がマシだ!

●ミーメ●
この欲張りめ!
だが、わしにはジークフリートがついてるぞ。
兄貴よ、おまえの強欲を、あの子が剣で裁いてくれるぞ!

●アルベリヒ●
む、ガキが出てきた……!

●ミーメ●
どうせ、下らんおもちゃを選んだに違いない。

●アルベリヒ●
ガキめ、隠れ兜を持っている!

●ミーメ●
指環もだ!
どうだ兄貴、これで指環も隠れ兜も、もうわしの物になったも同然だぞ!

●アルベリヒ●
ちっ、見ているがいい、最後に指環を手にするのは、このわしだ!

(アルベリヒ、素早く姿を隠す。ミーメも藪の中に潜んで様子を窺う。洞窟から出てくるジークフリート。指環と隠れ兜を持っている)

●ジークフリート●
なんの役に立つのかは知らないが、小鳥の忠告通り、指環と兜を持ってきたぞ。
この兜は、今日の記念にしよう。
指環は、思い出の品になるだろう、
大蛇に「恐れ」を習おうとしたが、とうとう学べずに終わった思い出の。

(ジークフリート、下草の上に腰を下ろす。小鳥の声が聞こえてくる)

●森の小鳥●
兜も指環も、ジークフリートの物になった!
でも、安心しちゃダメよ!
気をつけてジークフリート、ミーメがあなたの命を狙ってる!
あいつの言葉を注意深く聞くのよ、
大蛇の血を舐めたあなたには、ミーメの本心がわかるから!

(ミーメ、藪の中からジークフリートの様子をじっと観察する)

●ミーメ●
どうやら手に入れた物をとっくりと値踏みしているようだ……
おそらくこの辺りにも、あのさすらい人がうろついて、
あの子に余計な忠告をしたに違いない。
わしも二倍もずる賢く立ち回って、あの子をうまく騙さねばなるまいて……

(ミーメ、いかにも今着いたばかり、という感じで姿を現す。ミーメに気づいたジークフリート、たちまちうんざりした顔になる)

●ミーメ●
やあ、ジークフリート!
どうかな、「恐れ」を首尾よく学べたか?

●ジークフリート●
まだいい先生に出会えない。

●ミーメ●
そうか、だが、この大蛇をやっつけたのか?
どうだ、悪いやつだったろう?

●ジークフリート●
凶暴なやつだったが、おれはむしろ悲しいよ。
もっと悪いやつが生きてるからな。
こいつを殺すようにけしかけたやつを、おれは憎んでる。

●ミーメ●
まあまあ落ち着け、どうせもう長くはないんだから。
あとはおまえをあの世に送って、宝をせしめるだけなのさ。
それもそう難しくはあるまい、なにしろおまえは騙されやすいからなぁ。

●ジークフリート●
すると、おれをやっつけようっていうのか?

●ミーメ●
なに?おまえ、なにをいってるんだ?
わしがなにか変なことをいったか?
いいか、勘違いしないでよく聞けよ。
わしはな、おまえのことも、おまえの一族のことも、心の底から憎んでいるんだ。
おまえをここまで育てたのも、愛情なんかじゃない。
ただ、おまえの力が必要だっただけだ。
そして、おまえはわしのしてほしいことを全部やってくれた。
しかし、おまえの手に入れた宝がわしの物になるには、
おまえに死んでもらうしかないんだよ。

●ジークフリート●
おまえがおれを憎んでいるというのは嬉しいことだが、
だからといって、命まで差し出さねばならんのか?

●ミーメ●
なんだと?おい、おまえは誤解している!
わしがそんなことをいったか?
おまえは大蛇と戦って疲れてるんだよ。
さあ、これを飲め。爽やかな気分にしてやろうと、用意しておいたのだ。

(ミーメ、飲み物の革袋をジークフリートに手渡す)

●ジークフリート●
……これは、どうやって作ったんだ?

●ミーメ●
まぁ一口飲んでみろ!
いい気分になるぞ、そして、頭がふわふわして、もう二度と目を覚ますことはない!
おまえがこれを飲んで伸びちまったら、その剣も、指環も、兜も、
このわしがいただいちまうんだからなぁ!
けけけけ!

●ジークフリート●
眠っている間に、剣も宝も横取りするっていうのか?

●ミーメ●
おい、なにを馬鹿なことをいってるんだ?
わしがこれほど苦労して罠にかけようと頑張ってるのに、
愚か者のおまえは全部勘違いして、わけのわからんことを口走る!
いいか、よく聞いて、わしの本当の気持ちをわかってくれ!

(ミーメ、ひと呼吸おいて、ゆっくりと噛み砕くように話し始める)

●ミーメ●
わしはな、実のところ、おまえをそれほど憎んでるってわけじゃない。
わしはただ、おまえの首を、ちょん、と落としたいだけなんだよ。
というのも、お前が飲み物を飲んで寝ているうちに、
指環や隠れ兜を取り上げちまうのは簡単なんだが、
おまえが目を覚ました時のことを思うと、わしは安心してはいられない。
そこでだ、眠ってしまったら、その剣でお前の首を刎ねちまいたいのさ!
なにしろ、あんまりゆっくりもしていられんのだ、
アルベリヒのやつもその宝を狙っているのでな。
そんなわけだから、おまえにはちと気の毒だが、
これをひと口飲んで、さっさと伸びちまってくれ!
けけけけけ!

●ジークフリート●
剣の切れ味を知るがいい!

(ジークフリート、一瞬でミーメを切り捨てる。倒れるミーメ)

●ジークフリート●
悪企みの報いだ!

(ジークフリート、しばらく呆然としている。やがて、ミーメの死体を担いで洞窟の中に投げ込む)

●ジークフリート●
それほど欲しがっていた宝なら、そこで好きにしてればいい!
おまえには、いい番人をつけてやろう。

(ジークフリート、大蛇の死体で洞窟の入口を塞ぐ)

●ジークフリート●
二人とも、そこで仲よく宝を守ってろ。

日差しが強くなる。眩しげに空を見上げるジークフリート)

●ジークフリート●
暑くなった!
もう陽が空の真ん中に来ている!

(ジークフリート、下草の上に腰を下ろす)

●ジークフリート●
小鳥よ、だれかいい仲間を知らないか?
おれの仲間ときたら、いやな矮人が一人いるきりだった!
根っからの悪者、というわけでもなかったが、
おれの命を狙ったから、仕方なく殺してしまった……。
なぁ、かわいい小鳥、おれにすてきな仲間を、
心の通じ合う相手を紹介してくれないか?

(ジークフリート、耳を澄ます)

●森の小鳥●
ハーイ!ジークフリートは悪い矮人をやっつけた!
さあ、今度はステキな女の子を紹介しなきゃ!
その娘は高い岩山の上にいて、ものすごい炎に囲まれて眠ってるの!
その娘の目を覚ますことができれば、ブリュンヒルデはジークフリートのもの!

●ジークフリート●
うわあっ、なんてすばらしい話だ!
小鳥、おまえの歌は、なんだかわからないけどおれの胸を熱くするよ!
どうしてこんなに、おれの心が高鳴るんだ?
小鳥よ、教えてくれないか?

●森の小鳥●
苦しい時も辛い時も、私は楽しく愛の歌を歌うのよ。
私の歌がわかるのは、ただ心に憧れをもつ者だけ!

●ジークフリート●
じゃ、もうひとつだけ教えてくれ!
おれはその岩山で、炎を越えることができるのか?
ブリュンヒルデを目覚めさせることができるんだろうか?

●森の小鳥●
炎の壁を越えること、花嫁を目覚めさせること……
それができるのは、ただ「恐れ」を知らない者だけ!

(ジークフリート、跳び上がって喜ぶ)

●ジークフリート●
「恐れ」を知らない者だって?
それは、おれのことじゃないか!
よしっ、今すぐ花嫁のところへ行くぞ!
……だけど、どうやってそこまで行けばいいんだ?

(ジークフリート、空を見上げる。その表情が輝く)

●ジークフリート●
そうか!
小鳥よ、そうやって、おれを案内してくれるのか!
ありがたい、見失わないように、おまえについて行くぞ!

(ジークフリート、空を見上げ、小鳥のあとを追いながら元気よく退場。幕)

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◇背景画像提供:フリー写真素材Canary様
◇テキスト:Jun-T