◇ニーベルングの指環・第2夜◇

ジークフリート(Siegfried)

◇あそびのリブレット◇


■登場人物■
  ジークフリート(ヴェルズング族。ジークムントとジークリンデの息子でヴォータンの孫)
  ミーメ(ニーベルング族。アルベリヒの弟)
  さすらい人(神々の長ヴォータンの地上での仮の姿)
  アルベリヒ(ニーベルング族。指環を取り戻そうと画策している)
  ファフナー(巨人族の最後の生き残り。大蛇に変身して宝を守っている)
  森の小鳥(声だけの出演)

■第2幕■
(森のはずれにある欲望の洞窟の前。夜。アルベリヒが洞窟の入口を見張っている)
前奏曲)

●アルベリヒ●
ここでわしは、洞窟を見張っている。
鋭く目を光らせながら、ニーベルングの財宝を見守っているのだ……
む、あれはなんだ?なにか光る物が近づいてくる!
大蛇を倒すやつがやってきたのか?
……光が消えた。また夜の闇だ。

(さすらい人が姿を現す)

●アルベリヒ●
何者だ?
夜中にこんなところまでやってくるやつは?

●さすらい人●
暗闇の中に潜んでいるのは、いったい誰だ?

●アルベリヒ●
貴様か!
貴様自身がやってきたのか!
この悪党め、この辺りでまたなにか、よからぬことを企んでいるな!
貴様が現れると、ろくなことが起きん。
とっとと立ち去ってもらいたいものだ!

●さすらい人●
黒いアルベリヒよ、まあそんなに毛嫌いするな。
わしはただ、事の成り行きを見に来ただけだ。

●アルベリヒ●
ふざけるな!
わしがここまで落ちぶれたのも、もとはといえば貴様が非道にも、
あの指環を強奪したからではないか!
貴様がここらをうろついているのも、指環の行方が心配でたまらんからだろう。
貴様がニーベルハイムからわしを拉致したあの時なら、
貴様も思うさまわしから強奪できたろうが、
今となっては大蛇から指環を奪うこともできず、
ただ指をくわえて様子を見ているしかできんのだからな。
なにしろ貴様は、巨人どもにあの指環を大工仕事の代金として、
正式の契約のもとに支払ったのだからな。
その契約は、貴様のその槍に、ルーン文字で刻まれている。
貴様の力の象徴たる槍にかけた契約を、自分で破ることはできまい、
そんな真似をすれば、貴様のその槍は砕け散るだろう!

●さすらい人●
口をきくときには立場というものをわきまえた方がいいぞ。
おまえを屈服させたのは、わしのこの槍の力なのだ。

(さすらい人、槍の穂先をアルベリヒに突きつける。怯むアルベリヒ)

●アルベリヒ●
強がって見せても、貴様が不安でいっぱいなのはお見通しだぞ!
貴様は自分では手を下せないものだから、
いろいろと小細工をして指環を手に入れようとしているが、
見ていろ、指環は必ずわしがこの手に取り戻してやる!
その時こそ、わしは地獄の軍勢を引き連れて、天界に攻め上るぞ!
貴様ら堕落した神々は滅び、わしが世界の支配者になるのだ!

●さすらい人●
おまえの考えはよく知っている。
指環が欲しければ、好きにすればよかろう。

●アルベリヒ●
なんだと?
まさか貴様、指環から手を引くというのではあるまいな?

●さすらい人●
指環は手に入れるべき者が手にすればよい。
今のわしの関心は、英雄たちをヴァルハラに集めることだけだ。
アルベリヒよ、指環が欲しければ、わしでなくミーメと戦え。
おまえの弟がひとりの子供を連れて、ここへやってくるぞ。
その子は恐れを知らぬ力で、ファフナーを倒すだろう。
指環のことを、その子は知らない。
悪賢いミーメは、その子の力を利用してファフナーを倒し、
指環を横取りしようとしているのだ。

●アルベリヒ●
指環はわしのものだ!
弟のやつになど、奪われてなるものか!

●さすらい人●
一人の英雄が、ファフナーを倒す。
二人のニーベルングが、宝を前にして睨みあう。
指環は、睨みあいに勝った者の手に落ちるわけだ。
わしは介入する気はない。
どうだ、命の危険が迫っていることを、ファフナーに知らせてやっては?
ひょっとすると、謝礼に指環を差し出すかもしれないぞ。

(さすらい人、洞窟の奥に向かって大きな声で呼びかける)

●さすらい人●
ファフナーよ、聞こえるか?
おまえの生死に関わる、大切な話があるのだ!

(アルベリヒ、呆然としてさすらい人を見る)

●アルベリヒ●
こいつはいったい何を考えているのだ?
まさか、本当に指環をわしに譲ろうというのか?

(洞窟の奥から、不気味な声が響いてくる)

●ファフナー●
わしの眠りを邪魔するのは、どこのどいつだ?

●さすらい人●
おまえに危険を知らせに来たのだ。
恐れを知らぬ英雄が、おまえを倒しに迫っているぞ。
おまえの守っている宝を差し出せば、命が救われるのだ。
どうだ、その気にはならないか?

●アルベリヒ●
そいつが欲しがっているのは、指環だけだ!
指環をわしにくれるなら、このわしが代わりにそいつと戦ってやる!
おまえは残りの宝を守って、長生きできるのだ!

●ファフナー●
わしはそいつを食ってやりたい。

●さすらい人●
その男は、鋭い剣と強靭な肉体をもった英雄だぞ。
宝を差し出して、身を守る方が賢い選択だと思うが。

●ファフナー●
わしはここで腹の下に宝を囲い込んでいるのだ。
うるさく騒がず、わしをこのまま眠らせろ。

(ファフナーは沈黙し、さすらい人は肩をすくめて苦笑する)

●さすらい人●
どうやら失敗したようだな、アルベリヒよ?
だが、これでもうわしのことを悪党呼ばわりするのはやめてもらいたい。
最後にひとつだけ忠告をしておこう。
すべては、なるようになる。
おまえがどう足掻いても、なにも変えることはできないのだ。

(さすらい人、立ち去る)

●アルベリヒ●
光る馬に乗って、やつは行ってしまった。わしを冷笑しながら……
軽薄な神々の一族め、わしは貴様らを滅ぼし尽くしてやるぞ。
このわしの知恵と意地で、貴様らを絶望のどん底に落としてやる!

(アルベリヒ、物陰に隠れる。辺りが次第に明るさを増し、夜明けが近づく。森の奥から、ジークフリートとミーメがやって来る)

●ミーメ●
ここで止まれ!
ここが、その場所だ。

●ジークフリート●
えらく遠くまで来たものだ、ひと晩中歩いていたぞ。
ここでおれは「恐れ」を学ぶのか?
もし「恐れ」を習えなかったら、おれは一人でここを出ていくからな。
いやなおまえともおさらばだ。

●ミーメ●
ここで「恐れ」を学べなければ、よそで学ぶのはまず難しい。
そこに洞窟があるだろう?
その洞窟の奥に、恐ろしい大蛇が棲んでいる。
凶暴で、邪悪な大蛇だ。
そいつは恐ろしい大口を開けて、おまえをひと呑みにしてしまうぞ!

●ジークフリート●
そんな口は、閉じてやりゃいい。

●ミーメ●
そいつは毒の涎を垂らすぞ。
それに触れたら、肉も骨もドロドロに溶けてしまうぞ!

●ジークフリート●
涎に触れないようにしてれば平気だ。

●ミーメ●
そいつは尻尾で攻撃してくるぞ。
恐ろしく力の強い尻尾だぞ、巻きつかれれば身体が砕けてしまうぞ!

●ジークフリート●
尻尾の動きに気をつけてりゃいい。
それより、ひとつ聞きたいことがある。
そいつには、心臓はあるのか?
おれや、ほかの動物たちと同じ場所に?

●ミーメ●
あるとも、堅くて残忍な心臓がな。

●ジークフリート●
そうか、それならそいつの心臓に、このノートゥングを突き立ててやるぞ!

●ミーメ●
なあジークフリートよ、百聞は一見に如かずという言葉を知ってるか?
話だけでは大したことはないと思うかもしれんが、実際にその目で大蛇を見たら、
いくらおまえでも、心臓がバクバクし、冷や汗がダラダラ流れ、足が竦んでしまうぞ!
その時こそ、おまえは思い出すだろうよ、わしの愛をな。

●ジークフリート●
愛などという言葉をおまえから聞きたくない!
さあ、用が済んだらおれの前から消えてくれ!
二度とおれの目の前に出てくるな!

●ミーメ●
わかった、すぐに一人にしてやるよ。
わしはあっちの、泉のそばに行ってるからな。
いいか、いまに陽が高く昇ったら、気をつけるのだぞ。
大蛇が水を飲みに、洞窟から出てくるからな。
そいつは洞窟を這い出て、ここを通って、そこを曲がって水を飲みに行くからな。

●ジークフリート●
それなら、おれは大蛇を泉の方に追いやってやる。
倒す前に、おまえを大蛇に飲み込ませるためにな!
だから、泉のそばなんかでなく、もっとずっと遠くの方へ行っちまえ!

(ジークフリート、剣を突き出してミーメを追い払おうとする。逃げ惑うミーメ)

●ミーメ●
戦いのケリがついたら、おまえを元気づけに戻ってくるからな。
困ったことがあれば、いつでも呼ぶがいい。
わかったな?

(ミーメ、立ち去るふりをして、藪の陰に隠れる)

●ミーメ●
ジークフリートとファフナー、ファフナーとジークフリート……
なんとか、共倒れになってはくれないものか……

(ジークフリート、下草の上に腰を下ろす)

●ジークフリート●
あいつがおれの父親でないとは、なんと嬉しいことだろう!
あの嫌なやつがいなくなって、やっとこの森も居心地よくなったぞ。
おれの父さんは、どんなだったろう?
……きっと、おれと同じ姿だったはずだ。
もし、ミーメに息子がいたら、どうだ?
あいつと同じ、垂れ下がった耳、ただれた目、なんていやらしい姿だ!
もう二度と見たくもない!

(ジークフリート、物思いに耽る。風が渡り、木々が静かにざわめく。森のささやき)

●ジークフリート●
母さんは、どんな人だったんだろう?
きっと、すばらしくきれいな人だったに違いない!
……母さんは、おれを産み落とすと死んでしまった。
人間の女は、子供を産むと死んでしまうものなのか?
だとしたら、悲しいことだ……!
ああ、母さんに会いたい、人間の女に会ってみたい!

(耳を澄ますと、木々の梢で鳴き交わす小鳥の声が聞こえてくる)

●ジークフリート●
なんと楽しげに小鳥たちは歌っていることか!
あの声の意味がわかったらいいんだが!
どうにかして、小鳥たちの話を聞けないものか?
……そうだ!
おれも小鳥たちを真似て、歌を歌ってみよう!
もしかしたら、小鳥たちとおしゃべりができるかもしれないぞ!

(ジークフリート、剣を抜くと手近の葦を切り取り、笛を作り始める)

●ジークフリート●
待ってろよ、今おまえたちに話しかけてやるからな!
……できたぞ!
さあどうだ、この笛を吹いて聴かせるぞ!

(ジークフリート、葦笛を吹き鳴らす。うまくいかない。何度も剣で削り直して吹いてみるが、調子が合わない)

●ジークフリート●
だめだ、おまえたちの歌を習うのは並大抵ではないようだ。

(ジークフリート、また小鳥の声に耳を澄ます)

●ジークフリート●
葦笛は失敗だったが、それなら、もっと手馴れた楽器で歌を歌ってやろう。
この角笛を吹き鳴らすぞ!
この笛は、これまでにもいろんなやつを呼び寄せたものだ。
もっとも、狼や熊よりましなやつは来たためしがないが……
今日はどんな楽しいやつがやって来るかな?

(ジークフリート、角笛を手に取る)

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◇背景画像提供:フリー写真素材Canary様
◇テキスト:Jun-T