◇ニーベルングの指環・第2夜◇

ジークフリート(Siegfried)

◇あそびのリブレット◇

何の前触れもなしに、さすらい人が入口に現れる

●さすらい人●
この家の主人に幸あれ!

(ミーメ、びっくりして入口を見る)

●ミーメ●
な、何者だ?こんな深い森の中までやって来るやつは?

(そういいながら、ノートゥングの破片を隠す)

●さすらい人●
世間では、わしのことを「さすらい人」といっている。
わしはこの広い世界をあちらこちらと旅してまわっているのだ。

●ミーメ●
そうかい、ならさっさとここを出て行って、外をさすらったらどうだ?

●さすらい人●
わしを炉端に座らせ、ひと休みさせてはくれまいか?
どの家でも、わしは拒まれることなく炉端で休んだ。
親切な主は、わしを食べ物や飲み物で歓待してくれたものだ。
そうしないと、災いが来ると誰もが知っているのでな。

●ミーメ●
災いだと? ここはもう災いでいっぱいなんだ!
その上に、また災いを増やすつもりか? 冗談じゃない!

●さすらい人●
わしはこの世界の隅々までさすらって、あらゆる知恵を身につけた。
わしをもてなしてくれた人には、その人にとって役に立つ知恵を授けてきた。
心に抱いている切実な問題について質問させ、その解決法を伝授してきたのだ、
炉端で休ませてもらった返礼としてな。

●ミーメ●
あいにくだが、知恵は充分に間に合ってるんだよ。
わしのこの頭には、知恵が溢れるほど詰まってる。もうこれ以上の知恵は必要ない!
わしはいま、一人になりたいんだ。

●さすらい人●
世間の者は、自分が賢いと思っているが、実のところそうではないのだ。
わしはここに座って、ひとつおまえと賭けをすることにしよう。
おまえが切実だと思うことを質問してみるがいい。
わしはこの首を担保にして、おまえの質問に答えるとしよう。
もしわしがうまく答えられなければ、この首はおまえのものだ!

(さすらい人、炉端に座り込む)

●ミーメ●
なんとも厚かましいやつだ!
このしつこい男から逃れるには、落とし穴のある質問で撃退するしかあるまい。
…… では旅の人、わしはこれから3つの質問をするから、 首尾よく答えてもらおう。

●さすらい人●
3度、正しく答えねばならんのだな?

●ミーメ●
では、最初の質問です。
この世界の、大地の下にはどんな種族が住んでいるでしょう?

●さすらい人●
地下の世界には、矮人の種族、ニーベルング族が住んでいる!
彼らはニーベルハイムに住む、闇の精霊だ。
かつてその一人アルベリヒがラインの黄金を奪い取り、それで指環を造った。
指環の恐るべき魔力で、世界を支配しようとしたのだ。
ニーベルングの勤勉な人民はすべてアルベリヒの権威に服し、
アルベリヒは民を酷使して財宝を積み上げ、闇の軍勢を整えて
世界征服の野望を達成しようとしたのだ!
……さて、ミーメよ、わしの答えは合格かな?

●ミーメ●
地下の世界について、あんたはうまく答えてくれた。
さて、第2問です。
大地の上には、どんな種族が住んでいるでしょうか?

●さすらい人●
地上では、巨人族がどっしりと構えている。
彼らの国はリーゼンハイムだ。
ファゾルトとファフナーの兄弟がニーベルングの財宝を狙い、
まんまと手に入れることに成功したが、
その後に起こった兄弟間の争いでファフナーはファゾルトを叩き殺し、
指環も含めてすべてを独り占めにした。
ファフナーは大蛇に姿を変え、暗い洞窟の中で、
いまもニーベルングの財宝を守り続けているのだ!
……さて、ミーメよ、わしはこの問いもクリアしたのかな?

●ミーメ●
この地上の荒々しい世界を、あんたは教えてくれた。
いよいよ最後の質問です。
大地のはるか上、天上の世界には、どんな種族が住んでいるのでしょうか?

●さすらい人●
天空には、神々の一族、すなわち光の精が、彼らの居城ヴァルハラに暮らしている。
神々の長はヴォータンで、光のアルベリヒとでもいうべき存在だ。
ヴォータンはかつて世界樹と呼ばれた巨大なトネリコから槍を作った。
その槍には神秘のルーン文字が刻まれ、ヴォータンの知恵と力の源泉となっている。
世界樹が枯れた後も、ヴォータンの槍はこの世界を支配し、
巨人族もニーベルング族も、槍の力の前には屈服した。
これまでだけでなくこれからも、ヴォータンはその槍の力でこの世を治めるのだ、
永遠に!
……さて、ミーメよ、これでわしの首は解放されたのかな?

●ミーメ●
ああ、あんたの首はもう自由だとも。
さあ、さすらい人よ、気が済んだらとっとと立ち去ってくれ!

●さすらい人●
どうやらおまえは、何が自分にとって切実なことなのかわかっていないようだ。
わしはこの首を担保にして、3度おまえの問いに答えた。
賭けの掟として、今度はおまえがその首を担保にする番だ。
わしも3度、おまえに問いをかける。
うまく答えればよいが、もしまともに返事できなければ、その首はわしのものになるのだ!

●ミーメ●
な、なんなんだ、この理不尽な展開は??
しかし、この男のよくわからん威圧感に、わしは逆らえそうもない。
わしも長いことニーベルハイムを離れているし、
昔のように知恵がまわるかどうか心配だが……
ええい、わしの知恵をもってすれば、この苦境もなんとか切り抜けられるだろう!

●さすらい人●
さあ、どうしたミーメ、元気を出せ!
では、最初の問いを出すぞ。慎重に答えるがいい。
それはどの種族だ、ヴォータンが不快に思いながらも、
心の底では最も愛しているのは?

●ミーメ●
英雄の一族に、わしはそれほど詳しいわけじゃないが、
この質問には答えることができるぞ。
それは、ヴェルズング族だ!
ジークムントとジークリンデは、ヴェルゼが生み出した悲劇の兄妹だ。
この二人は禁断の交わりをもち、ジークフリートを産み落としたのだ!

●さすらい人●
正しく種族の名を挙げたな、なかなかやるではないか?
では、次の質問が行くぞ!
ジークフリートは、ある悪賢いニーベルングの許で育てられた。
このニーベルングは、ジークフリートの勇猛さを利用して、大蛇を退治させ、
ニーベルングの指環と財宝を独り占めしようとしているのだ。
さて、大蛇ファフナーを倒せる唯一の武器とは、どんな剣だ?

●ミーメ●
ノートゥングがその剣だ!
かつてヴォータンがその剣を造り、太いトネリコの幹にそれを突き立てた。
多くの力自慢が引き抜こうとチャレンジしたが、成功した者はいなかった、
ただ一人、ジークムントを除いては。
剣を手に入れたジークムントは戦いに赴いたが、
ヴォータンの槍がノートゥングを打ち砕いたのだ!

●さすらい人●
はっはっは、ミーメよ、おまえは大したやつだ!
賢者を自称するだけあって、ずいぶんいろいろと知っているな!

●ミーメ●
けっけっけ、いやぁ、まぁこの程度はね。

●さすらい人●
だが、気を許さずに、わしの最後の問いにも答えてみよ!
ノートゥングの破片を鍛え直し、最強の剣を蘇らすことのできる者は誰か?

●ミーメ●
な、なに?あの剣を鍛え直せる者だと?

(ミーメ、頭を抱えて蹲る)

●ミーメ●
だめだ、あれはわしにはどうすることもできん!
しかし、世界一の鍛冶屋のわしにできんことを、他の誰ができるっていうんだ?
いったい誰が、あのいまいましい剣を鍛え直せると?

(さすらい人、ミーメを冷然と見下ろす)

●さすらい人●
おまえは自分にとってどうでもいいような、はるか遠い世界のことは尋ねたが、
本当におまえにとって切実なことを聞く知恵はもたなかった。
賭けに敗れたおまえの首は、もはやわしの物になったのだ!
おまえが尋ねるべきだった問いの答えをわしがいえば、おまえは驚くことだろう。
あの剣に新たな命を吹き込むことができるのは、いいか、よく聞け、
それは「恐れをまったく知らぬ者」だけなのだ!
さあミーメ、おまえの首を貰い受けるとしよう!

(さすらい人、槍をミーメの首筋に当てる。恐怖のあまり身動きもできないミーメ)

●さすらい人●
だが、今日のところは、その首はおまえに預けておくことにしよう。
わしはおまえの首を、「恐れをまったく知らぬ者」の手に委ねることにする!

(さすらい人、哄笑しながら立ち去る。ミーメ、恐怖のあまり、一種の錯乱状態になっている)

●ミーメ●
なんだ?……なにかチラチラ光る物が迫ってくる!
森の中がざわめく……
なにか恐ろしい物が、わしに近づいて来る……!
あれは……あれは、ファフナー!
恐ろしい大蛇が、わしをひと呑みにしようとやって来る!

(洞窟の外からジークフリートのかけ声が聞こえる)

●ジークフリート●
おいミーメ、戻ったぞ!おれの剣は仕上がったのか?

●ミーメ●
ジークフリート!おまえだったのか?おまえ一人なのか?

●ジークフリート●
なにをいってるんだ、一人に決まってる!
それより、剣はどうした?

●ミーメ●
剣はまだできておらんが、もっと大事なことがあるんだ!

●ジークフリート●
なんだと!さぼっていたのか?ただではすまないぞ!

●ミーメ●
ジークフリート、よく聞け、おまえ、「恐れ」を知ってるか?

●ジークフリート●
「恐れ」だと?
仕事のできていない言い訳に、妙なことを持ち出してごまかすつもりだな!

●ミーメ●
違う、これは大切なことなのだ!
「恐れ」を知らないままでは、おまえは一人前にはなれんのだ!

●ジークフリート●
「恐れ」とはなんだ?おれがまだ知らない技なのか?
どうしてそれを知らないとまずいんだ?

●ミーメ●
おまえの母親に、きちんと教えるようにわしは頼まれたのだ!
もしおまえがここから出ていくとしても、世知辛い世間を渡っていくには、
「恐れ」を知らないままだと、うまくやってはいけないぞ!

●ジークフリート●
それならさっさと教えてくれ!
おれは少しでも早く、ここから立ち去りたいんだから!

●ミーメ●
おまえは、これまでに暗い森の中で、得体の知れない圧迫や、
背筋の寒くなる気持ちになったことはないのか?
暗闇の奥になにか不気味な気配を感じ、心臓がドキドキしたり、
冷や汗がだらだら流れたことはないのか?

●ジークフリート●
おれの心臓は鉄でできているらしい。
そんなことはこれまで一度も味わったことがない。
おまえはそれを、おれに教えることができるのか?

●ミーメ●
わしには知恵がありすぎて、それを教えるのには向かないが、
この森の中には「恐れ」をおまえに教えてくれるやつがいる。

●ジークフリート●
誰なんだ、そいつは?

●ミーメ●
森のはずれに、「欲望の洞窟」と呼ばれる深いほら穴がある。
その奥には、恐るべき大蛇、ファフナーがいて、近づく者を丸呑みにしてしまう……!
ファフナーに会えば、おまえも「恐れ」を学ぶことができるだろうて。

●ジークフリート●
森のはずれというと、そこは世間に近いのか?

●ミーメ●
世間は、「欲望の洞窟」を過ぎればすぐだ。

●ジークフリート●
じゃあ、すぐにでも大蛇に会って、「恐れ」を教えてもらおう!
「恐れ」を学んだら、おれはそのまま世間に出て行って、ここには二度と戻ってこないぞ!

(ミーメ、頭を抱える)

●ミーメ●
だが、大蛇のところへ行くには、あの剣がなければ……!

●ジークフリート●
この役立たずめ、つまりおまえには、この剣を鍛えることができないのか?
それとも、おれに手伝ってほしいのか?
どうなんだ、はっきりしろ!

●ミーメ●
この鋼は、わしの力ではどうにもできんのだ、このわしの最高の技をもってしても……!

●ジークフリート●
この世で一番の腕などとホラを吹いていながら、そのザマはなんだ!
もういい、そのかけらをよこせ!
おまえの力は借りない、おれが自分でこの剣を仕上げる!

(ジークフリート、剣の破片をミーメから取り上げる)

●ミーメ●
おまえが自分で鍛えるだと?
鍛冶の基本もロクに身についていないおまえが?

(ジークフリート、ミーメを無視して鉄やすりで剣の破片を削り始める)

●ミーメ●
わしが教えようとした時に、もう少し真面目におまえが鍛冶を習っていたら……
おい、なにをしている、やすりをすり潰す気か?
ハンダはここにある、おい、なにをやろうってんだ?

●ジークフリート●
ハンダなんか要らない、これを一度粉々してから溶かすんだ!

●ミーメ●
なんだって?そんなやり方は聞いたこともない!
なんと猛烈に削っていることか、かけらはたちまち鉄屑になっていく……!
無茶苦茶だ、わしにはとても真似できん……!

(ジークフリート、粉々にした鉄屑を炉の中に投げ込み、ふいごで風を送り始める)

●ジークフリート●
おいミーメ、この剣に名前はあるのか?

●ミーメ●
その剣の名は、ノートゥングという。

●ジークフリート●
ノートゥング、ノートゥング、どうしておまえは折れてしまったんだ?
森の中の大きなモミの木をおれは切り倒し、よく燃える炭を山積みにした。
炭は炉を赤く熱し、鉄のかけらをドロドロに溶かして新しい生命を吹き込む。
ふいごよ、吹け!鉄を溶かせ!

●ミーメ●
さすらい人のいった通りだ、恐れを知らぬこのガキは、
わしの知らないやり方で 剣を作り出そうとしている。
こいつに「恐れ」を教えようとしたが、それは無駄だった。
となると、わしの首は、こいつの手に握られていることになる!
それは困る、だが、こいつが「恐れ」を知ってしまったら、大蛇を倒すことができなくなる!
なんというジレンマだ!

●ジークフリート●
ふいごよ、吹け!炎を燃え立たせろ!

●ミーメ●
こいつが剣を仕上げ、「欲望の洞窟」で大蛇と戦い、相打ちになってくれればいいのだが!
だが、それは期待できそうもない。
どう見ても、こいつは剣をうまく仕上げそうに思える。
すると、わしはどうすればいい?
どうすればこいつに大蛇を倒させ、財宝を横取りすることができるのだ?

(ジークフリート、完全に溶けた鉄を鋳型に流し込み、水に入れる。激しく吹き上がる水蒸気)

●ジークフリート●
さあ、これでおまえは生まれ変わったぞ!
待ってろ、いまおまえを、鋭い刀身に鍛え上げてやるからな!

(ジークフリート、鋳型から刀身を取り出す)

●ミーメ●
この剣はうまくいく、これはもう間違いない!
こいつはファフナーの洞窟に行き、大蛇を仕留めるだろう。
激しい戦いで、こいつは喉が渇くに違いない。
そこでわしが飲み物を差し出せば、こいつは喜んで飲むだろう。
その飲み物に、ちょっとした細工をしておけば……きひひひ!

(ミーメ、卵を取り出して、鉄床の隣で飲み物を作り始める)

●ジークフリート●
この阿呆は何を始めようってんだ?

●ミーメ●
わしの腕はもう時代遅れで役に立たなくなった。
これからは、おまえの料理人として仕えることにするよ。
この卵で、うまい飲み物を作ってやろう。

●ジークフリート●
名人ミーメも、いまやただの料理人に成り下がったか。
だが、やつが何を作ったところで、おれはそんなもの口に入れるつもりはない。

ジークフリート、刀身を金床の上に置き、槌で鍛え始める)

●ジークフリート●
ホーホー、ホーホー、ホーハイ!
鋼よ、鍛えられて強くなれ!

●ミーメ●
この策略は、なんとしても成功させねばならん!
ジークフリートのやつは、ファフナーを倒し、わしの飲み物を飲む。
そしてわしは、やつの首をちょんぎって、宝をすべてこの手にするのだ!

●ジークフリート●
ホーホー、ホーホー、ホーハイ!
さあ、鋼よ、もうひと汗かけ!

(ジークフリート、鍛えた刀身を水に漬ける。蒸気が吹き上がり、輝きながら刀身が姿を現す)

●ミーメ●
アルベリヒのやつが、ラインの黄金で指環を造った。
この世を支配できる魔力をもつ指環を、今やこのわしが手に入れるのだ!
さんざん馬鹿にされ、酷使されてきたわしだが、今度は兄貴のやつをこき使ってやるぞ!
神も巨人も、すべての者がわしの前にひれ伏す。
わしは、世界の支配者になるのだ!
けっけけけけ……!

●ジークフリート●
ノートゥング、ノートゥング!
ついにおまえは生まれ変わった!
死んだ父の手の中で折れたおまえだが、
息子のおれの手が新しい生命を吹き込んだのだ!
おい、ミーメ、よく見ていろ!
これが、ジークフリートの剣の切れ味だ!

(ジークフリート、ノートゥングを金床に振り下ろす。金床はまっぷたつになり、ミーメは腰を抜かす。ジークフリートは剣をひっさげて洞窟を走り出る。我に返ったミーメ、慌ててジークフリートの後を追う。幕)

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◇背景画像提供:フリー写真素材Canary様
◇テキスト:Jun-T