◇ニーベルングの指環・第2夜◇

ジークフリート(Siegfried)

◇あそびのリブレット◇


■登場人物■
  ジークフリート(ヴェルズング族。ジークムントとジークリンデの息子でヴォータンの孫)
  ミーメ(ニーベルング族。アルベリヒの弟)
  さすらい人(神々の長ヴォータンの地上での仮の姿)

■第1幕■
(ミーメの洞窟。中央に大きな金床があり、奥には炉とふいごがある)
前奏曲。ミーメが金床の上で剣を鍛えている)

●ミーメ●
なんという苦労だ!
このわしが鍛え上げた最高の剣を、
あのいまいましいしいガキは、簡単にへし折ってしまう!
世界一の鍛冶屋であるこのミーメを、あのガキは能無しと罵りやがるのだ!

(ミーメ、槌を放り出して考え込む)

●ミーメ●
ファフナー、あの恐ろしい大蛇のやつが、ニーベルングの宝を守っていやがる。
ヴォータンさえ怖れるあの大蛇に立ち向かえるのは、
向こう見ずで考えなしのあのクソガキ、 ジークフリートしかいない。
だが、ジークフリートの戦闘力をもってしても、
並の剣ではファフナーの分厚い皮膚を貫くことはできん。
しかし、あの剣のかけらをつなぐことができるなら……
ノートゥング!
あれを鍛え直せれば、あのガキが振り回しても絶対に折れない剣ができるに違いない。
そして、ノートゥングだけが大蛇を殺せる剣なのだ。
だが……!
なんたることだ、わしにはあの剣のかけらを鍛えることができんのだ!
ノートゥングはわしの手に余る。
あの剣は、矮人のわしの力ではどうすることもできん!

(ミーメ、ふたたび槌で刀身を叩き始める。洞窟の外からジークフリートのかけ声が聞こえる)

●ジークフリート●
そら、そこにいる能無しのジジイを食ってしまえ!

ジークフリート、大きな熊を追い立てながら洞窟に入ってくる。慌てるミーメ)

●ミーメ●
なにをするんだ!
馬鹿なことはやめろ、早くその熊を追い払ってくれ!

●ジークフリート●
口先ばかりで役に立たない鍛冶屋は、熊の餌になっちまえ!

●ミーメ●
待て、乱暴はよせ!
おまえの剣なら、そこに出来てる!
最高の剣だぞ!

●ジークフリート●
じゃあ、今日のところはこのへんで勘弁してやるか。
さあ、熊、もう森に帰っていいぞ。

(ジークフリート、熊の首にかけた縄をほどく。熊は森に逃げていく)

●ミーメ●
まったく、なんという考えなしだ!
死んだ熊ならともかく、生きたやつを連れてくるとは……!

●ジークフリート●
森の中で、誰か楽しいやつがやって来ないかと、角笛を吹いたのさ。
どんなやつでも、ここで考え込んでいる鬱陶しいやつよりはマシだからな!
すると、一頭の熊がやって来て、おれの角笛に聴き入った。
そこでそいつと一緒に帰ってきたのさ、
怠け者の鍛治屋にヤキを入れようと思ってな!

●ミーメ●
無茶をしなくても、おまえに頼まれた剣はそこに仕上がってる。
見てみろ、ピカピカに輝いて、切れ味もよさそうだろう?

●ジークフリート●
見てくれがよくたってダメだ、刀身が強くなくては。

(ジークフリート、新しい剣を振ってみる)

●ジークフリート●
おい、なんだ、このおもちゃは?
馬鹿にしてるのか、こんなもの!

(ジークフリート、剣を簡単に叩き折ってしまう)

●ジークフリート●
こんなのが最高の剣だと?
ふざけるな、この役立たずの老いぼれが!
口を開けば、巨人族の壮烈な戦いだの、世界一の鍛冶の腕前だの、
最強の剣を鍛えてやるだの、 偉そうなことばかりしゃべり立てているくせに、
このザマはなんだ!
ひと振りで折れちまうような出来損ないしか作れないのか、この能無しが!

(ジークフリート、すごい剣幕でミーメに詰め寄る)

●ミーメ●
乱暴はやめろ!
まったく、わしの会心の逸品を次から次にへし折りやがって……
しかしどうだ、帰ったばかりで、腹は減ってないか?
焼肉も煮物もあるぞ。

●ジークフリート●
焼肉は自分で焼く、煮物はおまえが勝手に食え!
まともな剣も作れずに、なにが最高の鍛冶屋だ!
おまえを見ているだけで、おれはムカムカしてくるんだ!

(ジークフリート、ミーメの差し出す食べ物を投げ捨てる)

●ミーメ●
おまえというやつは、人の恩というものがわからんのか?
一度でも恩を受けた相手には、それなりの態度をとるもんだ。
まして、わしはおまえをここまで育てた恩人じゃないか?
その恩人に対して、おまえときたら……
ああ、この哀れなミーメの善意は、こんなふうにしか報われんのだ……
幼いおまえを、わしは大切に育てた。
腹が空けば食べ物をやり、寒くはないかと衣でくるみ、
よく鳴る角笛も作ってやった。
ゆっくり眠れるように寝床も作ってやった。
それもこれも、おまえを喜ばしたい一心からだった!
わしが家で汗水流して働いている間、
おまえは外で心ゆくまで遊び歩いていた。
わしはおまえにいろいろな知恵を授けた、生きていくのに役に立つだろうと思ってな。
これほどまでに尽くしているこのわしを、おまえはそうやって虐げるのか!

●ジークフリート●
たしかに、おまえはいろんなことを教えてはくれたさ。
だが、おまえがいちばん教えたかったことを、おれはとうとう学べなかった。
それはな、おまえを辛抱する方法だ!
おまえの料理は見るだけで吐き気がするし、
おまえの整えた寝床では、おれは少しも眠れない。
おまえがその辺をウロウロしたり、よたよた歩いてるのを見てるだけで、
おれはもうムカついて、ひねり潰してやりたくなるんだ!
おいミーメ、おまえが自分でいうほど賢いのなら、ひとつおれに教えてくれ。
おれは少しでもおまえの傍から離れていたくて森に出かける。
森には、おまえよりよっぽど気のいい動物がたくさんいるからな。
だが、どういうわけか、
会いたくもないおまえのいるこの洞窟に、 おれは戻って来てしまう。
これはなぜなんだ?おれがここに戻ってくるのは?

●ミーメ●
それはな、ジークフリート、
心の中では、おまえがわしを慕っているからだ。

●ジークフリート●
ふざけるな、おまえには我慢ならないといっただろうが!

●ミーメ●
誰でも慣れ親しんだ故郷を離れるとホームシックになるように、
おまえも心の奥の方では、わしを愛しているのだ。

●ジークフリート●
いいか、森の動物たちの方が、おまえなんかよりおれにはずっと気が休まるんだ。
森の中で、おれはいろんな動物たちが生きているのを見た。
木々の梢で小鳥たちは歌い、水の中では魚たちが泳いでいる。
狐たちも仲良く暮らし、オスは獲物を持ち帰り、メスは子狐に乳をやる。
森の連中の生き方を見て、おれは家族の愛というものを学んだんだ。
だから、おれは子持ちの母親を獲物にしたことは決してない……
そうか、わかってきたぞ!
おれがここに戻って来てしまうのは、
おまえからどうしても聞き出さなくちゃいけないことがあるからだ!

●ミーメ●
なんだと?

●ジークフリート●
おい、おれは知ってるんだぞ!
狐でも小鳥でも、両親があって子供が生まれる。
ミーメ、おまえの妻はどこにいるんだ?
おまえがおれの父親なら、おれの母さんはどこだ?

●ミーメ●
馬鹿なことを聞くな!
おまえは小鳥でも狐でもない!
わしがおまえの父であり、母でもあるんだ!

●ジークフリート●
そんな話が信用できるか!
鏡のような水面には、物の影がきれいに映る。
おれは自分の姿を水に映して見たことがあるが、
ありがたいことに、おまえとは似ても似つかなかったぞ!
蛙だって、魚に似てはいるが、魚から蛙が生まれることは絶対にない。
おまえがおれを生んだはずはないんだ。
さあミーメ、正直にいってみろ!
おれの母さんはどこだ?
おまえはどうやっておれを手に入れたんだ?

●ミーメ●
なぜわからんのだ、おまえの親はわしなのだ!

(ジークフリート、ミーメの首根っこを掴んで金床に押し付ける)

●ジークフリート●
おまえから本当のことを聞き出すには、こうしなければならんのか?

●ミーメ●
やめてくれ、わしを殺す気か!
本当のことを話すから、その手を放せ!

(ジークフリート、ミーメを押さえつけていた手を離す)

●ミーメ●
そこまでするなら、なにもかも話してやる。
いいか、よく聞け。
ある時、森の中に一人の若い女が倒れているのをわしは見つけた。
その女は、腹の中に赤ん坊を宿していた。
わしは女をここに連れて帰り、誠心誠意、介抱してやった。
やがて月が満ちて、女は子供を産み落とした。
産みの苦しみはすさまじいもので、わしはできる限りのことをしたのだが、
女を助けることはできなかった。
だがな、ジークフリート、おまえの命は救われたのだ。

●ジークフリート●
……じゃ、母さんは、おれのせいで死んだのか。

●ミーメ●
それからというもの、わしはおまえを無事に育てるため、懸命に世話をした。
腹が減れば食べ物を与え、寒くはないかと衣で包み……

●ジークフリート●
それはもう聞き飽きた!
じゃ、おれの名はどうしてジークフリートなんだ?

●ミーメ●
おまえの母親が、そう望んだからだ。
ジークフリートという名にすれば、この子はたくましく、美しい男に育つだろう、と。

●ジークフリート●
おれの母さんの名は、なんという?

●ミーメ●
それは忘れちまったな。

●ジークフリート●
忘れただと?この鉄拳を喰らいたいのか?

●ミーメ●
ま、待て、乱暴なやつだ!
なんといったかな、そう、たしかジークリンデだったな。

●ジークフリート●
じゃ、おれの父さんは?

●ミーメ●
知るものか、会ったこともない!

●ジークフリート●
でも、母さんが何か話したに違いない。
答えろ、父さんのことを何か知ってるはずだ!

●ミーメ●
戦いで殺されたとかいってたな。

●ジークフリート●
ミーメ、おまえの話が本当なら、なにか証拠を出してみろ!
おまえが嘘をついていないという証を見せろ!

(ミーメ、ため息をつき、隠していたノートゥングの破片を取り出す)

●ミーメ●
これを見ろ。
この折れた剣は、おまえの父親が最後の戦いで振るっていたものだ。
わしの心遣いに対する当然の報いとして、おまえの母親がわしにくれたものだ。
心優しい善人のわしは、みなし児のおまえを哀れに思い、赤の他人だというのに、
おまえをわが子同然に育ててきたんだ。
小さなおまえに食べ物を与え、寒くはないかと衣で包み……

●ジークフリート●
その決まり文句はもうやめろ!

(ミーメの手から、ノートゥングの破片を取り上げる)

●ジークフリート●
これが……父さんの剣!
これだ、この剣なら、息子のおれが力いっぱい振るっても、絶対に折れないはずだ!
おいミーメ、このかけらを鍛えて、おれの剣を作れ!
おまえが自分でいうほど立派な鍛冶屋なら、この剣を鍛えてそれを証明してみせろ!
おれは今日中にこの剣が欲しいんだ!

(ジークフリート、ミーメにノートゥングのかけらを渡す)

●ミーメ●
今日中にだと?
おまえはいったい何を考えてるんだ?

●ジークフリート●
剣ができたら、それを持っておれはここを出ていく!
鬱陶しいおまえのそのツラともおさらばだ!
おれは父さんの剣と一緒に、広い世界で自由に生きるんだ!

●ミーメ●
自由にって……いまだって、どんだけ自由なんだよ!

●ジークフリート●
いいか、今日中だぞ!
おれが戻ってくるまでに、立派に剣を鍛えておけ!
たまには役に立つところを見せてみろ!

(ジークフリート、いうが早いか洞窟の外に飛び出していく)

●ミーメ●
おい、待てこら、ジークフリート!おい!

(呆然とするミーメ。やがて座り込み、頭を抱える)

●ミーメ●
えらいことになった……
今日中に剣を鍛えろだ?
このくそいまいましい剣の鋼は、わしのいうことをまるっきりきかんというのに……
いったいどうすればいいというんだ?

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◇背景画像提供:フリー写真素材Canary様
◇テキスト:Jun-T