(ラインのほとり、ギービヒ家の大広間の前。広間への入口の柱に、槍を持ったハーゲンがもたれて座っている。ハーゲンは眠っているように見える。暗がりの中で何かが動く。突如、月の光が辺りを照らし、蹲っているアルベリヒの姿が悪夢のように浮かび上がる)
●アルベリヒ●
眠っているのか、ハーゲンよ?
わしの声が聞こえておらんのか?
●ハーゲン●
聞こえているとも。
●アルベリヒ●
おまえのもっている力を忘れるな。
おまえは勇気ある男として生まれついたはずだ。
●ハーゲン●
勇気をもらったといって、母に感謝する気はしないぞ。
おまえに屈した母になど。
おまえの血の混じった私には、血の燃え盛る青春などなく、
陰気に黙り込んで陽気な連中を憎んでいるのだ。
●アルベリヒ●
そうだ、陽気なやつらをもっと憎め!
そして、喜びを奪われたこの父を、おまえは愛さねばならぬ!
わしらはこれまでの戦いで、倒すべき宿敵、
あの恥知らずなヴォータンを追い詰めている。
やつは、自らの一族、ヴェルズングの若者に打ち破られ、
もはや世界を支配する力を失った。
神々の一族は、迫り来る終末に脅え、神々の黄昏を嘆くことしかできぬ!
……眠っているのか、ハーゲンよ?
●ハーゲン●
神々の権力を、誰が受け継ぐのか?
●アルベリヒ●
わしと、おまえだ!
わしら二人で、この世界を支配するのだ!
……ヴェルズングのクソガキは、ヴォータンの槍を砕いたばかりか、
大蛇のファフナーを倒し、指環を自分のものにした!
いまや、世界はあのガキの支配下にある。
あの恐れを知らぬ若造には、わしの呪いすら通じないのだ。
やつは指環の値打ちに気づかない愚か者だから、
世界支配の力をまるで行使しておらぬ。
ただ笑って人生を謳歌するばかりだ。
いまわしらがしなければならんのは、あの若造を葬り去ることだ!
……眠っているのか、ハーゲンよ?
●ハーゲン●
あいつは、もはや私の手の内にある。
あとはひたすら破滅への道を進むばかりだ。
●アルベリヒ●
いいか、肝心なのは、あの指環を手に入れることだ!
もしあれを持っている女が、ラインの娘どもの忠告に従い、
指環を河底に返したりすれば、もはやわしらにはなんの希望もなくなる!
だから、急がねばならんのだ。
指環を取り戻すためだけに、わしはおまえを生んだのだ。
おまえは勇気と忍耐力をもつ、賢い男として育ったはずだ。
たしかに、ジークフリートと武器で戦っては勝ち目はあるまいが、
その知恵で、おまえは指環を手に入れ、わしの仇を討ち、
ヴェルズングとヴォータンを嘲笑してやるのだ!
……わしに誓え、ハーゲン!
わしのために、指環を手に入れると!
●ハーゲン●
指環は私のものだ。
黙って見ているがいい。
●アルベリヒ●
誓うのだな、ハーゲン?
●ハーゲン●
誓うとも、ただし、私自身に誓うのさ。
心配しないで、待っているがいい。
(夜明けの薄明とともに、アルベリヒの姿は次第に見えなくなっていく)
●アルベリヒ●
わしに忠実にな、ハーゲン!
わが息子よ、忠実に、忠実にな……!
(アルベリヒ、完全に姿を消す。夜が明け始め、ラインの水面が明るく輝き始める。突然ジークフリートが岸辺に現れ、隠れ兜を外して腰のベルトにぶら下げる)
●ジークフリート●
やあ、ハーゲン!
おれが帰ってくるのが見えたかい?
●ハーゲン●
これはジークフリート殿、いったいどこから現れたのです?
●ジークフリート●
ブリュンヒルデの岩で一息吸い、いまそれを吐き出したところさ!
急いで帰って来たくてね!
グンターと奥方は、おれの船でのんびりやって来るだろうけどね。
●ハーゲン●
すると……うまくいったのですね?
●ジークフリート●
グートルーネはもう起きてるかな?
●ハーゲン●
(大広間に向かって呼びかける)
グートルーネ、急いで出てくるのだ、寝ている場合ではないぞ!
ジークフリート殿がお戻りになられたのだ!
●ジークフリート●
どうやってブリュンヒルデを連れてきたか、あなたがたに話して聞かせよう!
(大広間からグートルーネが出てくる)
●ジークフリート●
おれに挨拶をください、ギービヒのお嬢さん!
あなたに、よい知らせを持ってきたのだから!
●グートルーネ●
あなたに、フライアの祝福がありますように!
●ジークフリート●
この幸せな男を、あなたの優しさで包んでください!
おれは今日、あなたを妻として迎えるんだから!
●グートルーネ●
では……
ブリュンヒルデは、グンターと一緒なのね?
●ジークフリート●
そう、彼女は簡単にグンターの妻になったんだ。
●グートルーネ●
兄は、炎で火傷なんかしなかったのかしら?
●ジークフリート●
おれが代わりに炎を越えたんだ、あなたを手に入れたい一心で!
●グートルーネ●
あなたは平気だったの?
●ジークフリート●
炎を越えることなんか、朝飯前さ!
●グートルーネ●
ブリュンヒルデは、あなたをグンターだと思い込んだの?
●ジークフリート●
だいじょうぶ、完全にそっくりだったさ!
ハーゲンの忠告通り、隠れ兜を使ったから。
●ハーゲン●
私の助言が役に立ってよかった!
●グートルーネ●
あなたはブリュンヒルデを、強引に従わせたの?
●ジークフリート●
そうじゃないよ、ブリュンヒルデはグンターの力に征服されたのさ。
●グートルーネ●
でも、あの人を、あなたはその……自分のものにしたのよね?
●ジークフリート●
ブリュンヒルデはグンターに従っていたんだよ、夜の間ずっと!
●グートルーネ●
でも、そのグンターは、あなたなんでしょ?
●ジークフリート●
おれの傍にいたのは、あなただよ、グートルーネ!
●グートルーネ●
だって、あなたの傍にいたのは、ブリュンヒルデじゃないの。
●ジークフリート●
この剣が、あの人とおれを、きっぱりと隔てていた!
どんなに近くても、おれたちは離れていたのさ!
●グートルーネ●
グンターは、どうやってあなたからブリュンヒルデを受け渡されたの?
●ジークフリート●
ブリュンヒルデは、おれに従って、岩山から下りて来た。
岸辺に近づくと、おれは素早くグンターと入れ替わったんだ。
そして、隠れ兜を使って、おれはここへ戻ってきたのさ。
今頃はあの二人も舟に乗って、ここへ向かっているよ。
さあ、歓迎の支度を整えないと!
●グートルーネ●
ああ、ジークフリート!
怖いくらいに強くてステキな人!
●ハーゲン●
見ろ、彼方から舟の帆が見えてきた!
●グートルーネ●
ブリュンヒルデをあたたかくお迎えしましょう!
心地よく、この地に住んでもらえるようにしましょう!
ハーゲン、殿方たちを集めてちょうだい。
女性たちには、私が声をかけるわ。
ジークフリート、あなたはここでお休みになるの?
●ジークフリート●
とんでもない、あなたの手助けをすることが、
おれにはいちばんの休憩さ!
(ジークフリートとグートルーネ、仲よく手を取り合って大広間へと去る)
●ハーゲン●
(丘の上に登り、雄牛の角で作った角笛を吹き鳴らす)
ホイホー!
ギービヒの家臣たちよ、武器を取れ!
一大事が起きたのだ!
ギービヒのすべての領地から参集せよ!
大変なことになったのだぞ!
ホイホー!
(ハーゲン、さらに角笛を吹き鳴らす。領地の各地から、応答の角笛が響く。武装した武者たちが急ぎ足で集まって来て、広間の前の岸辺は戦士たちで満ち溢れる)
●男たち●
角笛は何の合図だ?
ハーゲン、何事だ?
われらはやって来たぞ、どんな異変が起きたのだ?
敵は何者だ?
グンター様に危機が迫っているのか?
ホイホー、ハーゲン!
●ハーゲン●
油断なく防備を固めろ、グンターを出迎えるのだ!
●男たち●
どんな敵がグンター様に迫っているのだ?
●ハーゲン●
グンターは、すばらしい妻を娶ったのだ!
●男たち●
すると、その奥方の一族に追われているのか?
●ハーゲン●
いや、追っ手は誰ひとりいない。
●男たち●
すると、グンター様は戦いに勝利したのか?
話が全然見えないぞ!
●ハーゲン●
グンターを救ったのは、大蛇を倒した英雄ジークフリート殿だ!
グンターは無傷だぞ!
●男たち●
すると、われらは何のために召集されたのだ?
意味がわからないぞ!
●ハーゲン●
雄牛を屠れ!
その血をヴォータンに捧げよ!
猪を殺してフローに捧げよ!
山羊はドンナーに、羊はフリッカに!
フリッカがこの婚礼に幸をもたらしてくださるように!
●男たち●
それから、どうすればいい?
●ハーゲン●
みな、盃をその手に取れ!
麗しい女人方が、祝いの葡萄酒を注いでくれるはずだ!
●男たち●
そして、どうするんだ?
●ハーゲン●
たらふく飲むのさ!
ぐでんぐでんになるまで、飲みまくれ!
グンターの結婚を、神々に祝福してもらうためにな!
●男たち●
わっはははは、こりゃあいい!
あの陰気なハーゲンが、こんなに楽しげなジョークを飛ばしてるぞ!
これでこのラインの地も笑いに包まれることだろう!
あのハーゲンが、陽気に結婚式の音頭をとっているとは!
●ハーゲン●
さあ、ふざけるのもそこまでだ!
グンターの花嫁を迎えるのだ、ブリュンヒルデは、もうそこまで来ているのだから!
(ライン河にグンターとブリュンヒルデを乗せた舟の姿が現れる)
●ハーゲン●
領主様の奥方に、誠心誠意お仕えするのだ!
もし奥方を侮辱する者があれば、直ちに報復せよ!
●男たち●
万歳!
おかえりなさい、グンター様!
万歳!万歳!
(舟はさらに近づく。男たちはグンターを迎えるために、岸辺に集結する)