◇ニーベルングの指環・第3夜◇

神々の黄昏(Götterdämmerung)

◇あそびのリブレット◇


■登場人物■
  ジークフリート(ヴェルズング族。ジークムントとジークリンデの息子でヴォータンの孫)
  ブリュンヒルデ(元ワルキューレのリーダーで現在はジークフリートの妻)
  ハーゲン(ギービヒ家の次男。グンターの腹違いの弟で、父親はアルベリヒ)
  グンター(ギービヒ家の長男で当主)
  グートルーネ(グンター、ハーゲンの妹)
  ヴァルトラウテ(ワルキューレの一人)

■第1幕■
ラインのほとり、ギービヒ家の大広間。グンター、ハーゲン、グートルーネの3人が椅子に座り、語り合っている

●グンター●
ハーゲンよ、答えてくれ。
わしの政は立派といえようか?
世間にギービヒの名を轟かせているといえようか?

●ハーゲン●
兄者よ、私はあなたが羨ましい。
兄者はこの家の、立派な当主なのだからな!

●グンター●
何を羨むことがあるものか!
わしは長男として君臨してはいるが、真に知恵のあるのはおまえの方だ。
わが家はおまえの知恵でもっているようなものだ。
腹違いながら、われらほど親密な兄弟はあるまい。
どうだ、わが名声を高めるよい助言はないか?

●ハーゲン●
私の知恵などお恥ずかしい限りだ。
実のところ、兄者の評判はまだ芳しいとはいえないのだ。
ギービヒ家になくてはならぬ宝を、兄者はいまだ手に入れていないのでな。

●グンター●
その宝とはなんだ?
教えてくれ、でないとわしはおまえを責めねばならなくなる。

●ハーゲン●
たしかに、今のわがギービヒ家は日の出の勢いといえようが、
当主である兄者には奥方がいないし、妹のグートルーネには夫がいない。
これでは、わが家は安泰とはいえまい。

●グンター●
なるほど、いわれてみればその通りだが……
わが妻にふさわしい妃は、いったい誰であろうか?
どのような女を妻に迎えれば、わが家名を上げることができよう?

●ハーゲン●
実は、私はひとりの女を知っている。
絶世の美女で、岩山の上に炎に守られて住んでいる。
この炎を越える者だけが、その女、すなわちブリュンヒルデを手に入れることができるのだ。

●グンター●
炎を越えるだと?
それは、このわしにもできることなのか?

●ハーゲン●
残念だが、兄者には無理だ。
それができるのは、もっと強い男だけだ。

●グンター●
イラッとくるいい方だが、まあいいとして、
強い男とは誰のことだ?

●ハーゲン●
それはジークフリートをおいてありえない。
ヴェルズング族の英雄で、ジークムントとジークリンデの愛の結晶だ。
英雄の血統書付きといっていい。
この最強の男を、私はグートルーネの夫として推薦したいのだ。

●グートルーネ●
最強の男……
その方はどういう人?
なぜ、最強の男と呼ばれるの?

●ハーゲン●
「欲望の洞窟」で、恐るべき大蛇がニーベルングの宝を守っていた。
ジークフリートはこの大蛇に挑み、最強の剣で斬り倒したのだ。
この行為によって、ジークフリートの名声は大きく高まったわけだ。

●グンター●
ニーベルングの宝の噂は聞いたことがある。
その中には、またとない掘り出し物があるとか。

●ハーゲン●
その値打ちを知る者が持てば、
全世界を支配できる力を秘めた宝があるのだ。

●グンター●
ジークフリートは、それを手に入れたのだな?

●ハーゲン●
ニーベルング族は、もはやジークフリートの奴隷に過ぎぬ。

●グンター●
ブリュンヒルデを我が物にするのも、あの男しかいないのではないか?

●ハーゲン●
炎の壁を越える力は、あの男にしかないからな。

●グンター●
それでは、わしの力ではブリュンヒルデをどうにもできんじゃないか!
ハーゲン、なぜないものねだりのような真似をするのだ?

●ハーゲン●
兄者よ、もしジークフリートがブリュンヒルデを手に入れ、
兄者に差し出すなら、兄者は彼女を妻にできるではないか!

●グンター●
馬鹿をいえ、ジークフリートがどういうわけで、
そんなにわしのために尽くす気になろうか?

●ハーゲン●
簡単なことだ。
ジークフリートがグートルーネに惚れ込んでくれれば、
あの男はどんなことでも尽力するに決まっているさ。

●グートルーネ●
ひどいわ、ハーゲン!
私みたいな平凡な女に、そんな英雄が惚れ込むわけないじゃない!
わかってるくせに、私のこと馬鹿にして……!

●ハーゲン●
まあ、そんなにプンプンしないで私の話を聞け。
私が手に入れた、あの薬を覚えているか?
あれをひと口飲めば、グートルーネ、
あの英雄はそれまでに出会った女のことなどきれいさっぱり忘れて、
おまえだけにゾッコンになるのだ!
薬の効き目については、この私が絶対に保証するよ。
どうだ、このハーゲンの助言はお気に召したかね?

●グートルーネ●
すばらしいわ、あなたにそんな知恵を授けてくださった母上に感謝します!
ああ、ジークフリートに会ってみたい!

●グンター●
どうすればジークフリートに会える?

(遠くからジークフリートの角笛の響きが聞こえてくる。ハーゲンはその音に耳を澄ます)

●ハーゲン●
あの男にとって、この世界など箱庭に過ぎん。
いずれは、このギービヒ家の領土にも姿を現すに違いない。

●グンター●
なるほど!
わしは喜んで、あの男を迎えるぞ!

(またも聞こえるジークフリートの角笛。グンターとハーゲンはその音に耳を澄ます。ハーゲンはラインを見下ろすテラスに出る)

●ハーゲン●
小舟が近づいてくる!
騎士と馬が乗っているぞ!
元気いっぱいに角笛を吹き鳴らしている!
河の流れに逆らって漕いでいるが、なんたる速さだ!
あのような力をもつ者は他にはありえない、
あれこそジークフリートその人だ!

●グンター●
通り過ぎてしまうのか?

(ハーゲン、手を口に当て、河に向かって呼びかける)

●ハーゲン●
ホイホー!
どこへ行こうというのか、陽気な勇者よ!

(遠くからジークフリートの声が聞こえる)

●ジークフリート●
名高いギービヒ家の若殿に会いに行くのさ!

●ハーゲン●
それならば、この私がギービヒ家の大広間へ貴殿をご案内しよう!
さあ、そこに岸辺に舟を着けられよ!

間もなく、ジークフリートが岸辺に降り立つ。)

●ハーゲン●
よくぞいらした、名高い勇者よ!

●ジークフリート●
ギービヒの若殿は、どちらの方ですか?

●グンター●
貴殿の探しておられるのは、このわしのことだ。

●ジークフリート●
あなたの名声が、このラインの地でことのほか高いのをおれは知っています。
さあ、剣を取っておれと腕試しをしますか?
それとも、武器を収めて友となりますか?

●グンター●
名高い勇者の貴殿と戦うなど、とんでもない!
よくお越しくださった、歓迎しようではないか!

●ジークフリート●
おれの馬は、どこにつなげば?

●ハーゲン●
馬の世話は私がいたそう。

●ジークフリート●
あなたはさっき、おれのことをジークフリートと呼んだが……
なぜわかったのだ?

●ハーゲン●
あなたの舟を漕ぐ力を見て、これぞ名高い勇者だと気づいたのです。

●ジークフリート●
では、グラーネの世話をしっかり頼む!
これほどの名馬の手綱を、あなたは引いたことはないはずだ。

(ハーゲン、馬の手綱を引いて退場しながら、グートルーネに合図を送る。グートルーネは頷き、そっと自室へ引き下がる。グンターはジークフリートを大広間へと案内する)

●グンター●
ここを自分の家だと思ってくつろいでくれ、勇者よ!
わが家にある物は、どれでも貴殿の自由にしてもらってよい。
わが領地も、領民も、すべて貴殿に捧げてもよいのだ。
それどころか、わしはこの身を、貴殿の家臣として差し出すことさえ厭わない!

(ハーゲンが戻ってきて、そっとジークフリートの背後に立つ)

●ジークフリート●
かたじけない申し出だが、このおれには、領地も領民もなく、
父祖から伝わる財産もない。
おれのもっているのは、この身ひとつだけ。
この剣でさえ、おれが自分で鍛えたものなのだ。
だから、あなたの申し出に対して、俺はこの剣に誓いを立てよう。
この剣を、盟約の証として差し出そう!

●ハーゲン●
だが、私は聞いているぞ、あなたはニーベルングの宝の所有者だと。

●ジークフリート●
ああ、あの宝のことはすっかり忘れていたよ。
おれにはあんなものの値打ちはわからないから、今も洞窟の中に置きっぱなしさ。

●ハーゲン●
なんと、では、なにひとつ持ち出さなかったといわれるのか?

●ジークフリート●
こんな物ならあるが。

●ハーゲン●
これは、隠れ兜ではないか!
これはたいしたシロモノですよ、なにしろこれをかぶれば、
あなたはどんなものにも変身できるし、
行きたいところへは、それがどれほど遠くであろうと、
瞬時にその場所へ行くことができるのだから!
で、他には何も?

●ジークフリート●
指環をひとつ、手に入れたが。

●ハーゲン●
その指環を、今も持っているのですか?

●ジークフリート●
いや、美しい女性が持っている。

●ハーゲン●
(そっと呟いて)
ブリュンヒルデが持っているのか……

●グンター●
ジークフリートよ、わしは宝の交換など望んではいない。
貴殿の宝に比べれば、わしの持ち物などガラクタに過ぎないし、
なによりわしは、わしの財産をすべて貴殿に差し出すつもりなのだからな。
見返りなしで、わしは貴殿に仕えようと思っているのだ。

グートルーネ、酒で満たされた角の盃を捧げて登場。)

●グートルーネ●
(ジークフリートに盃を差し出しながら)
ようこそいらっしゃいませ!
ギービヒの娘が、喉を潤すお飲み物を差し上げます。どうぞ……

●ジークフリート●
(盃を受け取り、小声で囁く)
おまえの教えてくれたことをすべて忘れてしまったとしても、
おまえのことだけは決して忘れない……
この盃の最初のひと口を、おれは捧げよう、
ブリュンヒルデ、おまえへの愛に……!

(ジークフリート、盃の酒をゆっくりと飲み干し、グートルーネに盃を返す。するとたちまち薬の効果が現れ、ジークフリートは熱烈な眼差しでグートルーネを見つめる。グートルーネ、赤面して下を向く)

●ジークフリート●
あなたの瞳は、稲妻のようにおれの心を焼き尽くした!
その美しい瞳を、なぜそらすのですか?
なんとすばらしい瞳なのか!
もう目を閉じてください、あなたの瞳がおれを丸焼けにしそうだ!
聞いてください、もうおれの心臓は興奮で爆発しそうです!
……グンター、あなたの妹君の名はなんと?

●グンター●
グートルーネという。

●ジークフリート●
グートルーネ!
「よい知らせ」とは、まさにおれがこの人の瞳に見たものだ!
どうか、グートルーネ、答えてください!
あなたは、おれのことを身の程知らずの男と軽蔑しますか?
もしも、もしも、おれが、あなたに求婚したら?

(グートルーネ、我を忘れた様子で広間からよろよろと立ち去る)

●ジークフリート●
グンター、あなたには奥方がいますか?

●グンター●
実はまだ独身なのだが、わしは生涯妻を娶ることはできまい。
なぜなら、わしはある女性に心を惹かれているのだが、
その人を妻にすることは、とうていできないだろうからだ。

●ジークフリート●
なぜ諦めてしまうのです?
おれでは、あなたの力になれませんか?

●グンター●
その人は、高い岩山に住まんでいて……

●ジークフリート●
高い岩山に住んでいて……?

●グンター●
恐ろしい炎がその人の広間を守り……

●ジークフリート●
炎が広間を……?

●グンター●
炎を越える者だけが……

●ジークフリート●
炎を越える者だけが……?

●グンター●
ブリュンヒルデをわがものにできる……

(ジークフリート、失われた記憶をたぐり寄せるように呆然とした表情になるが、やがて気を取り直して陽気な様子に戻る)

●グンター●
わしには岩山を登ることも、炎の勢いを弱めることもできそうにない。

●ジークフリート●
炎など、おれにはなんの障害にもならない!
グンター、おれはあなたに代わって、その女性を連れてきましょう!
おれは、あなたに仕えることにしたんだから、
おれの勇気はあなたのものといっていい。
もしそうしたら、グートルーネを妻にできますか?

●グンター●
もちろん、グートルーネは貴殿のものだとも!

●ジークフリート●
ブリュンヒルデは、あなたのものです!

●グンター●
しかし、どうやってブリュンヒルデを納得させるのだ?
貴殿はわしではないぞ?

●ジークフリート●
隠れ兜であなたに化ければ、炎を越えるのはあなたになる!

●グンター●
それh名案だ!
では、誓いを立てることにしよう!

●ジークフリート●
義兄弟の血盟を結びましょう!

ハーゲン、角の杯に新しいブドウ酒を注いで差し出す。グンター、剣で自分の腕に傷をつけ、血を杯に滴らせる。続いてジークフリートも同じことをする)

●ジークフリート●
命に満ちた血潮よ、酒の中に滴り落ちよ!

●グンター●
血よ、兄弟の絆を酒の中に醸し出せ!

●ジークフリートとグンター●
忠誠を誓って飲もう、義兄弟の血の誓いだ!
二人のどちらかが誓いを破れば、
血は激流となって迸れ、そして罪の償いを成せ!

(グンター、酒を飲み、盃をジークフリートに渡す。ジークフリートも酒を飲む。空になった盃を、ハーゲンが剣で二つに割る)

●ジークフリート●
ハーゲン、あなたはなぜこの血盟に加わらないのか?

●ハーゲン●
私には、あなた方と違って、高貴な血が流れていない。
私が血盟に加われば、誓いの酒が濁ってしまうのですよ。
だから、私は参加しない方がよいでしょう。

●グンター●
わが弟ジークフリートよ、ハーゲンは少しばかり陰気なところがあるのだ。
まあ気にせずに放っておくことだ。

(ジークフリート、盾を持って出かけようとする)

●ジークフリート●
さあ、グンター、さっそく出かけましょう!
岸には舟も繋いであるし、岩山へはすぐに着くだろう。
一晩、船の中で待っていてくれれば、
次の朝にはブリュンヒルデがあなたの傍にいるというわけだ!

●グンター●
なんと、もう出かけるのか?
まだここに着いたばかりではないか、少し休んではどうか?

●ジークフリート●
少しでも早く仕事を済ませたいんですよ!

(ジークフリート、広間を飛び出して岸辺に行き、舟の準備を始める)

●グンター●
ハーゲン、おまえはここで館を守っていてくれ!

(グンターも岸辺に出て、ジークフリートの舟に乗り込む。舟はすばらしい速さで遠ざかっていく。グートルーネが部屋から出てくる)

●グートルーネ●
あの方は、どこへ?

●ハーゲン●
ブリュンヒルデを連れに行ったのさ。

●グートルーネ●
ジークフリートが?

●ハーゲン●
そうとも、おまえを妻にするために、脇目もふらずに出かけたよ。
あの男の頭の中には、おまえのことしかないのさ。

●グートルーネ●
ジークフリート……
ほんとうにあの方が、私のものになるのね?

●ハーゲン●
(独白)
おれはここで見張っている……
ここにじっとして、館を守っている……
ギービヒの殿様は舟の上、最強の勇者が舵を取る……
勇者の手土産は、ラインの殿様の花嫁というわけだが、
おれへの手土産は、あの指環だ!
自由なやつら、陽気なやつらは、心楽しく帆を張るがいい。
人生を満喫している貴様らは、いつもおれを見下しているが、
実のところは貴様らこそが、
「ニーベルングの子」であるこのおれに支配されているのだ!

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◇背景画像提供:フリー写真素材Canary様
◇テキスト:Jun-T