ドヴォルザーク/交響曲 第8番 ト長調 作品88
(Antonín Dvořák : Symphony No.8 in G Major Op.88)

ドヴォルザークの交響曲といえば、なんと申しましても「新世界より」が超有名でございますが、それ以外の曲もけっして捨てたものではございません。
この第8交響曲も円熟期のドヴォルザークの最良のひとつでございまして、9曲の交響曲の中でも首位に位置する作品と申し上げても過言ではないかと思われます。

ドヴォルザークの交響曲のうち、作曲者の生前に出版された曲は5曲で、残りの4曲は没後の出版であるため、一時期交響曲の番号に混乱がございましたが、現在では作曲順に番号が付け直されております。しかしながら、出版時の作品番号と作曲順が一致していない場合もあり、作品番号と交響曲の番号に整合性を欠く例もございます。
ご参考までに、9曲を作曲年代順に並べてみますと、以下のようになります。


第1番 ハ短調 作品3 (1865年作。「ズロニツェの鐘」。作品番号なしの場合もあり)
第2番 変ロ長調 作品4(1865年作)
第3番 変ホ長調 作品10(1873年作。スケルツォを欠く3楽章構成)
第4番 ニ短調 作品13(1874年作)
第5番 ヘ長調 作品76(1875年作。交響曲第3番としてジムロック社より出版)
第6番 ニ長調 作品60(1880年作。交響曲第1番としてジムロック社より出版)
第7番 ニ短調 作品70(1885年作。交響曲第2番としてジムロック社より出版)
第8番 ト長調 作品88(1889年作。交響曲第4番としてノヴェロ社より出版)
第9番 ホ短調 作品95(1893年作。「新世界より」。交響曲第5番としてジムロック社より出版)

第1、第2の2曲は、さすがに若書きということもあって贅肉が多く、演奏時間だけは1時間近い堂々たる大作ではございますが、聴いて感服する、というのはちょっと難しそうでございます。とはいえ、第2などはドヴォルザークらしい魅力的な旋律に満ちておりまして、個人的には愛着がございます^^
第3になりますと、筋肉もぐっと引き締まり、作曲技巧の冴えが見える立派な音楽になっております。この時期、ドヴォルザークはワーグナーに心酔しておりまして、この作品にも随所にワーグナーっぽい響きが聴かれ、その意味でも面白い曲でございます。3楽章構成というのもこの作品だけでございますが、これは終楽章がスケルツォ的気分を備えているからではないかと愚考いたしますm(__)m
4番はおそらくドヴォルザークの交響曲中、もっとも多彩な旋律に満ちた作品ではないかと思われます。次々に提示される旋律の豊富さでは、他の追随を許さぬものがございます。惜しむらくは、構成の散漫さでございましょうか。
第5はちょっと変わった味の曲でございまして、はじめの3つの楽章と終楽章との表情が、まるで違っております。田園的、牧歌的な前者に対して、後者はえらくシリアスな曲調になっておりまして、なんだか別の曲を継ぎ合わせたような気がいたします。
第6は出版順からいえば記念すべき「第1番」でございます。この曲には、ブラームスの第2交響曲の影響が明らかに感じられます。とはいえ、第1楽章の冒頭など、ブラームスのものとはまた違った胸膨らむような音楽でございまして、ドヴォルザークらしい爽快さを満喫できます^^
第7から第9の3曲は、ドヴォルザークの交響曲における頂点でございましょう。
第7は徹頭徹尾シリアスな音楽で、ブラームスの第3交響曲に霊感を得たということでございますが、ボヘミア風ベートーヴェン、という感じの壮大な音楽でございます。
第9はいわずと知れた「新世界」、もはや言葉を費やす必要はございませんm(__)m

さて、第8でございますが、この曲はドヴォルザークのそれまでの慣例を破り、ジムロック社でなくノヴェロ社から出版されております。
もともとドヴォルザークはブラームスに見出されて作曲家として独立できるようになった人ですが、出版社もブラームスの世話でジムロック社と「新作はすべてジムロック社から出版する」という契約を結んでおりました。
ところが、ジムロックは原稿料を渋る上に、契約を破って旧作を新作に見せかけて出版するなどという行為を繰り返していたため、堪忍袋の切れたドヴォルザークは、「そっちがその気ならオレも」とばかり、契約を無視して新作の交響曲をイギリスのノヴェロ社から出版したわけでございます。
この争いはブラームスのとりなしで和解にこぎつけましたので、このあとの「新世界」は無事ジムロック社から出版されましたが、第8のみは版権をノヴェロ社が持つことになりました。こういういきさつから、第8は「イギリス」などと呼ばれることもございます。しかし、どうせ出版の事情を曲名にするなら、「イギリス」よりも「契約違反」とか「係争中」などとした方がわかりやすいのではないかと愚考いたしますm(__)m

冗談はさておき、この交響曲は「イギリス」どころか、全編「ボヘミア」という感じの音楽に満ちております。曲全体に幸福な感情が漲っておりまして、「新世界」に優るとも劣らぬ魅力的な作品と申せましょう。
外見上は古典的な4楽章構成ですが、各楽章にはそれぞれ独創的な工夫が凝らされておりまして、脂の乗り切ったドヴォルザークの筆の冴えを堪能できる秀作でございます^^

ところで、作曲者のドヴォルザークという名前についてでございますが、世間には「ドヴォルジャーク」「ドヴォジャーク」などという表記もございます。
そこで、カタカナで表記する場合、どういう表記が原音に近いのか、スラヴ系言語に堪能なvindobona様に教えを乞いましたところ、以下のようなことが判明いたしました。(この色の部分では、ご本人の承諾を得て引用させていただいております。vindobona様のご厚意に感謝いたしますm(__)m)

子音の上につく補助記号は、調音点の近い別の子音を表し、母音の上につく補助記号は、その母音が長母音として発音されることを示しています。

というわけで、á はアーという音になるわけでございます。 これは問題ないのですが、困るのは ř の発音でございます。

巻き舌の r を発音していただいて、その状態で
1. 舌をだんだん前に(歯の裏の方へ)ずらす、または
2. 口の両脇をすぼめるように指でおさえる
のいずれかの手段でもって、調音点を前にずらしてみてください。
結果、日本人にはジュ、ともシュとも聴こえる摩擦音が確認できると思います。
この音が r に補助記号のついた子音の正体です。
注意すべきは、これが rsh といった二重子音ではなく、単子音であることです。
ですから、原語に近いカタカナ表記となると、ドヴォジャークが最適だと思われます。
実際は、ヴォジャークくらいに聴こえますけどね。

というわけで、「ドヴォジャーク」と表記するのが正解でございました。
調べてみましたところ、ドヴォルザーク協会が日本にもございまして、ここでの表記も「ドヴォジャーク協会」になっておりました(^O^)
しかしながら、現在の日本におきましては、「ドヴォルザーク」という表記が最も一般的ではなかろうかと思われますので、当「あそびの音楽館」ではこれに統一させていただきますm(__)m

なお、vindobona様によれば、「ドヴォジャーク」とは「宮廷に仕える人」というような意味だそうでございます。代々肉屋兼宿屋の主人かと勝手に思っておりましたドヴォルザークの家系でございますが、先祖はそれなりに身分のある人だったのかもしれませんね^^

※注:ブラウザによっては、Dvorakの記号付きrがうまく表示されないかもしれませんm(__)m

(2005.10.24〜11.11)

交響曲第8番ト長調作品88・全曲連続再生 

第1楽章/アレグロ・コン・ブリオ (I. Allegro con brio) 
第2楽章/アダージョ (II. Adagio) 
第3楽章/アレグレット・グラツィオーソ (III. Allegretto grazioso) 
第4楽章/アレグロ・マ・ノン・トロッポ (IV. Allegro ma non troppo) 

◇「ドヴォルザーク交響曲全集」に戻ります◇
◇背景画像提供:フリー写真素材Canary様
◇編 曲・MIDIデータ作成:Jun-T ◇録 音:jimma