ボロディン/交響曲 第3番 イ短調
 (Alexander Borodin : Symphony No.3 in A Minor)

ボロディンが3番目の交響曲を着想したのは1884年の夏のことでございます。
この夏、ボロディンは休暇を地方の村(パヴロフスク村)で過ごし、そこで聴いたロシア正教の聖歌のメロディに感銘を受け、この旋律を基にした変奏曲を緩徐楽章とする交響曲を考え始めます。

当時ボロディンは51歳、既に2つの交響曲をはじめとするいくつかの作品で国外にもその名が広まり始めておりましたが、本業の化学者としての大学での業務に加え、大小さまざまな雑務を抱え込んでおりまして、多年にわたる疲労の蓄積が彼の身体を徐々に蝕みつつありました。
この頃のボロディンの手紙に、次のような一節がございます。

「学者になったり、ブローカーになったり、よその子どもの父親になったり、医者になったり、病人になったりするのは至難の技だ。病人で終ってしまうだろう」
「(大学に)30年も勤めて、何も残らない。退官したらペテルブルクに住めなくなってしまう。もっと物価の安いところに逃げ出さなければならなくなる」
「自由に暮らしたい。官職から離れたいものだ。だが困難なことだ。食べていかなければならない。年金だけではみんなが暮らしていけないし、音楽ではパンも手に入れられない」----ゾーリナ/佐藤靖彦訳「ボロディン・その作品と生涯」(新読書社)より

なんですか、身につまされるような文面でございますね(T_T)

1886年の3月、出版業者のべリャーエフが未完成のオペラ「イーゴリ公」の版権を大金で買いたいと申し出ます。
ボロディンはこの提案に同意し、契約書にサインまでいたしますが、その時期には第3交響曲に力を注いでおりまして、「イーゴリ公」は後回しとなりました。
この年の6月、妻のエカテリーナが危篤状態となり、ボロディンは看病のために身を削ります。この看病が功を奏したのか、エカテリーナは奇跡的に回復し、夏の終わりにはボロディンも一息つけるまでになりました。その間、音楽はまったく書いておりません。
9月には妻の母親が逝去し、ここでもまたボロディンは心身を疲労させます。

ボロディンが音楽に戻ったのは10月になってからで、まず「イーゴリ公」の第2幕を書き上げ、第3幕の一部も作曲しました。
同じ頃、べリャーエフの誕生日のプレゼントとして、べリャーエフの音名(b-a-f)に基く弦楽四重奏曲をリムスキー=コルサコフ、リャードフ、グラズノフとともに合作しています。ボロディンは第3楽章を担当しましたが、これが「スペインのセレナード」で、他の3人の楽章が忘れ去られた現在でも、ボロディン晩年の佳品のひとつとして生命を保っております。

さて、この年の冬休みに、ボロディンは第3交響曲の第1楽章をかなり作曲しました。
休暇が終るとまたとてつもない多忙が襲いかかりましたが、その中でもボロディンは僅かな合間を見つけては作曲を続けます。
記録によりますと、ボロディンは1887年の1月のある日、第2楽章になるはずのアンダンテの変奏曲を友人にピアノで弾いて聴かせました。2月の初めには、第4楽章(フィナーレ)を弾いて聴かせております。作曲は着実に進んでいたわけでございます。

2月15日、大学で仮装舞踏会が催され、ボロディンはこの会に出席します。
ダンスを楽しみ、同僚とおしゃべりをしているうちに、ボロディンは急に意識を失い、そのまま世を去ってしまいます。冠状動脈の破裂でございました。享年54歳。

没後、第3交響曲の第1楽章は、残されたスケッチとピアノで演奏された時の記憶から、グラズノフが補作とオーケストレーションを行い、演奏可能な形に復元いたしました。また、スケルツォについては、生前のボロディンが意図しておりましたとおり、1882年作の「弦楽四重奏のためのスケルツォ」にオーケストレーションを施して、第2楽章といたしました。
しかしながら、グラズノフの驚異的な記憶力をもってしても、アンダンテとフィナーレには手のつけようがなく、ついに第3交響曲は2楽章のみの未完成交響曲となったのでございます。

*  *  *  *  *
上に述べましたようないきさつから見ましても、この曲を純正の「ボロディン作」と申してよいかどうかは疑問の残るところでございます。
けれども、特に第1楽章にそこはかとなく漂う大陸的な哀愁はたいへん魅力的でございます。
豊麗な第1、雄渾な第2に対し、清澄なこの第3交響曲は、ボロディンのインティメートな一面を見せてくれる佳作と申してもよろしいのではないでしょうか。
(2004.6.29〜7.7)

第1楽章/モデラート・アッサイ (I. Moderato assai)
第2楽章/スケルツォ:ヴィーヴォ (II. Scherzo : Vivo)

交響曲第3番イ短調・全曲連続再生 

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◇背景画像提供:フリー写真素材Canary様
◇編 曲・MIDIデータ作成:Jun-T ◇録 音:jimma