ある日曜の午後だった。僕は珍しく昼前に目を覚まして、まだ少し朦朧とする意識の中で、火を付けたばかりの煙草をくわえたままカーテンを開けた。僕の目の前に現れたのは久しぶりに遠くまで広がった青空だった。前日まで四、五日間ずっと雨が続いたせいか、僕も天気につられたようにダラダラした気分を抱えていた。しかし窓の外に広がった青の景色から湿った部屋の中へ差し込まれた光は、僕の心をはしゃぎ回る幼子のように踊らせた。
青の清々しさに誘われるがまま僕は晴れた日曜の街へ飛び出していた。通りを歩いて行く人々の表情も何となく柔らかく感じた。僕は高揚した気分に身を預けたまま、晴れた青空と陽差しに戯れるように歩いていた。
途中で思いつきの買い物を済まして立ち入ったバーガーショップのカウンターでチーズバーガーをほお張っていると、店の中はあっという間に家族連れの客で埋め尽くされ、注文待ちの行列も店の外につながるまでになっていた。高カロリーなジャンクフードばかりがラインナップされたメニューを眺めながら、注文するハンバーガーを選んでいる家族連れを、アルバイトの若い女子店員が異常なまでの笑顔と、普段より2オクターブくらい上がっているんじゃないかと思わせる声で歓迎すると、それまでろくに会話もおぼついていなかった家族連れの表情も次々に同じ笑顔へ変わっていった。普段学校給食の献立やスーパーに並ぶ食品の鮮度や栄養にうっとうしい程に執着する母親達までもが、即席の笑顔で子供達と、あれも美味しそう、これも美味しそうと始め出していった。けだるそうにあくびしていた父親達も一斉に笑顔・・・。
ふと感じたことがあった。 〜こいつら、みんな家族を演じているだけだ〜って・・・。それも休日に外へ出掛けた時だけの《サンデーファミリー》だって。子供達の栄養バランスを無視してまで、こんなに沢山の家族連れが詰め掛けてくるのは、単にハンバーガーが安上がりに済むということじゃなく、ここへ「スマイル」を求めて群がって来ているのだろう。昔よく 〜いつの時代も家族の温もりは決して金で買うことが出来ない〜 なんて言われていた気がする。だけど、時代はそんな概念をも消し去ってしまったようだ。笑顔の女子アルバイトがずらりと並んでいる注文カウンターの頭上に掛けられたメニュー表を眺めていると、「スマイル・・・¥0」というメニューが目に飛び込んで来た。笑顔が0円で売られている・・・。無料とはいえ、しっかり値段が付けられていることは間違いのない事実だ。《サンデーファミリー》達が詰め掛けて求めている本当に買いたい商品はきっと「スマイル」なのだろう。
 
帰り道を歩きながら「スマイル・・・¥0」を見て沸き出した疑問を僕はずっと自問自答していた。「スマイル」もいつか値上がりするのだろうか?そして値上がりしても、あの家族連れ達は「スマイル」を買いに行くのだろうか? 青空も束の間、再び街を灰色に包み始めてきた雨雲を見上げた僕の心の中では、《サンデーファミリー》達のため息の歌が一足先に雨を降らせていた。