◇ニーベルングの指環・第3夜◇

神々の黄昏(Götterdämmerung)

◇あそびのリブレット◇


■登場人物■
  ジークフリート(ヴェルズング族。ジークムントとジークリンデの息子でヴォータンの孫)
  ブリュンヒルデ(元ワルキューレのリーダーで現在はジークフリートの妻)
  三人のノルン(大地の女神エルダの娘たちで運命の綱を編んでいる)

■プロローグ■
(ワルキューレの岩山。夜。三人のノルンが闇の中で黙って佇んでいる)
前奏曲)

●第1のノルン●
あそこで、なにかが光っているわ。

●第2のノルン●
もう朝になったの?

●第3のノルン●
あれは、ローゲの炎。
今は、まだ夜よ。
さあ、綱を紡いで、歌いましょう。

●第2のノルン●
紡ぐのはいいけど、どこにこの綱をかけるの?

●第1のノルン●
(樅の木の木の枝に綱の端を結びつける)
運命がどうであれ、綱を巻きつけて、歌いましょう……
ああ、昔は私たちも、大きくて立派な世界樹の枝に綱を巻きつけていたのに。
ある時、大胆なヴォータンがやってきて、
片方の目と引き換えに、世界樹から枝を切り採ったわ。
神々の長にふさわしい、強力な槍の柄にするために。
それから長い長い年月が経って、その傷がもとで、
世界樹は枯れ果ててしまった……!
もう私たちは、世界樹の枝に綱をかけることはできない。
このモミの木にかけるしかないの。
さあ、歌いなさい、この綱を投げるから。
槍を作った後どうなったか、あなたは知ってる?

●第2のノルン●
(投げかけられた綱を受け止め、岩に巻きつける)
その槍に、ヴォータンは契約の神聖さを刻み付けたわ。
契約を守ること、それこそがヴォータンの力の源泉だった。
ところが、その槍をひとりの若い勇者が砕いてしまった!
そこでヴォータンは、ヴァルハラに集めた英雄たちに命令して、
枯れた世界樹を切り倒させ、山のように薪を作らせた。
だから私は、こんな岩に綱を巻くしかないの。
さあ、歌ってちょうだい、綱を投げるから。
その後どうなるか、あなたは知ってる?

●第3のノルン●
(投げかけられた綱を受け止める)
巨人たちに築かせたヴァルハラの大広間に座って、
ヴォータンは神々や英雄たちに取り巻かれているわ。
広間の周りには、世界樹から作った薪が積み上げられている。
もしこの薪の山に火がつけば、ヴァルハラは焼け落ち、
神々はすべて滅び去ってしまう!
神々の黄昏は遠くないわ……
お姉さんたち、まだなにか知ってる?
歌って!また綱を投げるわよ。

●第2のノルン●
歌って、お姉さん!

●第1のノルン●
朝が来たの?それとも炎の光?
昔、ローゲは輝かしく燃え盛っていた。
あの男がどうなったか、あなたは知っている?

●第2のノルン●
ヴォータンは槍の力でローゲを屈服させ、
ローゲはヴォータンの知恵袋になったわ。
でも、ローゲがヴォータンに反逆を企んだ時、
ヴォータンはあの男の自由を奪い、岩山で燃えるようにしたの。
これからあの男がどうなるか、あなたは知ってる?

●第3のノルン●
砕かれた槍の鋭い破片で、いつの日かヴォータンは、
ローゲの心臓を貫くでしょう!
そしてヴォータンは、その炎を世界樹の薪の山に投げ込み、
この世は焼き尽くされるでしょう!

●第2のノルン●
いつ、その日が来るか、あなたは知りたい?
お姉さん、その綱を私にちょうだい。

●第1のノルン●
夜が明ける……もう何も見えない……
糸目も見えず、すべてはもつれてしまった……
私の心を乱す、憤怒に歪んだあの顔!
かつて、ラインの黄金を奪ったアルベリヒ!
あなたは知ってる?あの男はどうなったのか。

●第2のノルン●
恐ろしい指環が見える……!
呪いが、この綱を引きちぎろうとしている……
これからどうなるか、あなたは知ってる?

●第3のノルン●
綱をもっと張って!
これではゆるすぎて、ちゃんと届かない。
(綱を強く張ろうと力を入れる。そのとたん、綱は切れてしまう)
ああっ、切れてしまった!

●3人のノルン●
切れてしまった!
(ノルンたち、しばし呆然とした後、力なく綱をたぐり寄せる)
もう、永遠の知恵も終わった!
私たちが知恵を語ることは、もう二度とないでしょう……
さあ、みんな、降りていきましょう、お母さんのところへ……!

(ノルンたち、大地の底へと姿を消す)

夜明け。あたりは少しずつ明るくなってくる)

(ジークフリートとブリュンヒルデ登場。ジークフリートは武装し、ブリュンヒルデは愛馬を連れている)

●ブリュンヒルデ●
行ってしまうのね、ジークフリート。
冒険を求める気持ちはわかるけど、あなたを手放すのはつらい。
私には、ひとつ気がかりなことがあるの。
それは……あなたが、もう私に飽きちゃったんじゃないかってこと!
私のものは全部、あなたに捧げ尽くしたわ。
私の純潔も、私の魔力も、あなたが持っていってしまった!
今ではあなたにただ従うしかない、弱い女になってしまった!
私にはもう何もないの、ただあなたへの愛のほかには。
こんな私を、あなたは軽蔑しないでいてくれる?

●ジークフリート●
この世でいちばんすばらしい人、きみはおれに教えてくれた、
とても覚えきれないくらいたくさんのものを!

おれは頭が悪いから、全部覚えきれなかったかもしれないけど、
出来が悪いと腹を立てないでくれ。
馬鹿なおれでも、たったひとつ、これだけは絶対に忘れないから。
それは、おれにはブリュンヒルデがいるってこと!
おまえのことだけは、何があっても忘れたりしない!

●ブリュンヒルデ●
私のことなんか気にしないで、あなたは自分のことだけに気を遣ってちょうだい!
でも忘れないで、あなたが成し遂げたことを。
この岩山で燃え盛っている炎を、あなたは怖れもせずに乗り越えたってことを!

●ジークフリート●
きみを俺のものにするために、炎を乗り越えたんだ!

●ブリュンヒルデ●
忘れないでね、ここで鎧兜を身につけて眠っていた女のことを。
その眠りを、あなたが覚ましてくれたってことを。
忘れないでね、私たちが誓ったことを。
忘れないでね、私たちの愛を。
あなたが私を覚えていてくれれば、私は永遠に、あなたの胸の中で燃え続けるわ!

(ブリュンヒルデ、ジークフリートを抱きしめる)

●ジークフリート●
ブリュンヒルデ、おれはもう出かけるよ。
(指からニーベルングの指環を抜き取り、ブリュンヒルデに渡す)
これをきみにあげよう、きみへの愛の証に!
昔、これを守っていたネクラな大蛇を倒して手に入れた物だ。
さあ、これを受け取ってくれ!
おれのきみに対する誠実さの担保として!

●ブリュンヒルデ●
これは私のいちばん大切な宝物!
この指環は、けっして誰にも渡さない!
この指環のお返しに、私の愛馬をあなたにあげるわ。
かつてこの馬は、私を乗せて天空を駆け巡った!
今では私と同じに、神々の力を失ってしまったから、空を飛ぶことはできないけど、
あなたの命令なら、たとえ火の中にでも飛び込むわ!
ねえジークフリート、グラーネはあなたのいうことなら何でも聞くわ。
だからこの子を可愛がってやってね。
私からの挨拶を、グラーネに伝えてやってほしいの!

●ジークフリート●
おれの戦いの勝敗は、きみにかかってる。
おれが勝利を贈るのは、きみだけだ。
きみの愛馬にまたがり、きみの盾で身を守れば、
そこにいるのはもうジークフリートじゃない、
おれはもはや、きみの片腕に過ぎないんだ。

●ブリュンヒルデ●
あなたの心は、ブリュンヒルデなの?

●ジークフリート●
おれの心に燃え立つのは、勇気だ!

●ブリュンヒルデ●
あなたはジークフリートであり、ブリュンヒルデでもあるのね?

●ジークフリート●
おれのいるところに、二人ともいるんだ!

●ブリュンヒルデ●
じゃあ、この岩山には誰もいないの?

●ジークフリート●
二人は一人だ、ここにも二人でずっといるんだよ!

●ブリュンヒルデ●
ああ、天上の神々よ、この幸せな夫婦を祝福してください!
離れていても、誰にも二人を裂くことはできない!
別れていても、私たちはいつも一緒にいるの!

●ジークフリート●
さようなら、ブリュンヒルデ、元気で!

●ブリュンヒルデ●
さようなら、ジークフリート、元気でいてね!

(ジークフリートは岩山を降りて姿を消す。ブリュンヒルデは岩山の上から、ジークフリートの旅立つ姿を求める。ジークフリートの角笛が響いてくる。ブリュンヒルデは彼方にジークフリートの姿を認め、手を振って挨拶する)

場面転換の音楽。「ジークフリートのラインへの旅」)


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◇背景画像提供:フリー写真素材Canary様
◇テキスト:Jun-T