ボロディン/ピアノ五重奏曲 ハ短調
(Quintet for Piano and Strings in C minor)

ボロディンは未完成曲を含めると、かなり多数の室内楽作品を残しておりますが、それらの大部分は少年時代から学生時代に趣味で書かれたもので、多くはハイドン、モーツァルト、メンデルスゾーンなどの模作と申してもよいようなものばかりでござます。
ところが、1860年頃を境に、ボロディンの作曲に対する姿勢が変わってまいります。

1859年に国費留学生としてドイツに留学した26歳のボロディンは、ハイデルベルクで専門の化学の研究にいそしんでおりましたが、同時に新しい西欧の音楽に触れることで、音楽に対する姿勢が単に趣味的なものから、より真摯なものへと変貌したと思われます。
とくにボロディンが強い感銘を受けたのはシューマンの音楽でございました。シューマンの作品はリスト、ワーグナーと並んで当時最先端の音楽でございましたが、古典的な形式とロマン的な内容を融合しようとしたシューマンの方向性はボロディンの嗜好にたいへんマッチしたようで、シューマンに対する敬愛の念は、この後もボロディンの中に根強く脈打ち続けます。
また、初めて祖国を離れ、外の世界からロシアを見ることでロシア人としての自覚が高まったことも、ボロディンの音楽生活にとって有意義にはたらきました。
ボロディンはこれまでのような趣味の音楽ではなく、ロシア人にしか書けない立派な音楽を作ってみたい、という大きな情熱を感じたようでございます。

ハイデルベルクで知り合い、後にボロディンの妻になったピアニスト、エカテリーナ・プロトポポヴァの手記によれば、1861年から62年にかけて、ボロディンは化学はそっちのけで朝から晩までピアノ五重奏曲に全力を集中していた、ということでございます。
ボロディン自身はこの曲を将来は交響曲にするつもりでいたらしく、手稿にはあちこちに管弦楽配置のメモが書き記されております。
実際には交響曲化の計画は未遂に終わりましたが、この曲はバラキレフに出会う以前、すなわち習作時代のボロディンの総決算ともいえる作品でございます。ほぼ同時期のチェロ・ソナタが未完だったのに対し、ピアノ五重奏曲は立派に完成されており、また「ロシアの作曲家」としての強い自覚のもとに書かれた最初の作品として、ボロディンにとっては記念碑的な意義をもつと申しても過言ではないと思われます。

曲は3楽章構成となっております。展開部を欠いた二部ソナタ形式の緩徐楽章から始まり、スケルツォを挟んで真のソナタ形式のフィナーレが続くという形は、ベートーヴェンの「月光ソナタ」を連想させます。
ボロディンが「月光」を意識したのだかどうだかわかりませんが、ともかくピアノ五重奏曲としては相当に特異な構成になっていると申せましょう。

「あそびの音楽館」では、この作品をアップするにあたりまして、原曲の編成をあえてピアノと弦楽合奏にアレンジすることにいたしました。理由は非常に単純で、独奏弦楽器による録音は手間と時間がかかりすぎるからでございます^^;
そのため、本来四声部であるべき弦楽パートがコントラバスを含む五声部になっております。機械的にコントラバスをチェロに重ねるのは曲の雰囲気を損ねる恐れがございますので、Jun-Tの独断で必要に応じて各パートに手を入れております。その点ご了承願えれば幸いでございますm(__)m

※曲はすべてMP3でお楽しみいただけます。


ピアノ五重奏曲・全曲連続再生 

第1楽章/アンダンテ(I. Andante) 
第2楽章/スケルツォ:アレグロ・ノン・トロッポ
 (II. Scherzo ; Allegro non troppo) 
第3楽章/終曲:アレグロ・モデラート(III. Finale ; Allegro moderato) 

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◇背景画像提供:フリー写真素材Canary様
◇編 曲・MIDIデータ作成:Jun-T ◇録 音:jimma