チャイコフスキー/組曲第1番 ニ短調 作品43
(Tchaikovsky : Suite No.1 in D minor, Op.43)

1875年から1878年までの数年間は、作曲家としてのチャイコフスキーにとっては大豊作の時期でございます。
ピアノ協奏曲第1番(1875)、バレエ「白鳥の湖」、「スラヴ行進曲」、幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミーニ」、「ロココふうの主題による変奏曲」(以上、1876年)、交響曲第4番(1877年)、オペラ「エウゲニ・オネーギン」、ヴァイオリン協奏曲(以上、1878年)と、傑作・有名作が次々に生まれます。

このような、いわば「チャイコフスキーの傑作の森」の時期の最後の年である1878年の夏、チャイコフスキーはオーケストラのためのスケルツォを着想します。4分の4拍子という変則的なスケルツォですが、チャイコフスキーはこの作品の作曲に没頭し、次いでこのスケルツォをひとつの楽章とする管弦楽作品を書くことに構想を拡大いたします。
このとき、チャイコフスキーは前年に完成した第4交響曲のことを考え、これまでの最高傑作と自負する第4のあとに新たな交響曲を書く自信はなく、新作は管弦楽のための組曲にまとめることにいたしました。当時、オーストリアの作曲家ラハナー(Franz Lachner;1803〜1890)が管弦楽のための組曲をいくつも作曲し、これらの作品はよく知られていたらしく、メック夫人に宛てた手紙によれば、チャイコフスキーはラハナーの組曲にヒントを得たようでございます。

当初、チャイコフスキーはこの組曲を5楽章で構成するつもりでした。
曲は1879年4月に完成し、出版社のユルゲンソンに送られましたが、それからしばらくして、チャイコフスキーは3拍子系の楽章がひとつもないことに気づきます。何ヶ月も作曲に携わりながらうっかりしすぎだろう、という気もしますが、おそらく最初にスケルツォを書き上げたため、スケルツォ=3拍子系、という連想がうっかりの原因になったのではないでしょうか。
それはともかく、チャイコフスキーは楽譜の印刷の中止を求めるとともに、急いで3拍子の新楽章「ディヴェルティメント」を作曲し、これを既存の「小さな行進曲」と入れ替えることを出版社に指示します。しかしながら、楽譜の印刷は既にかなり進んでおり、それ以上にユルゲンソン自身が業界人の勘で「小さな行進曲」は必ず聴衆ウケすると確信していたため、入れ替えではなく「ディヴェルティメント」を追加して全曲を6楽章構成にすることを逆提案いたしました。
なおも5楽章制にこだわっていたチャイコフスキーは、今度は「ディヴェルティメント」をアンダンテの「間奏曲」と差し替える案を出し、信頼していた弟子のタネーエフ(タニェエフ、1856〜1915)の意見を聞きますが、タネーエフが差し替えなしの6楽章制を支持したため、最終的に現在の姿に落ち着くことになりました。

曲は1879年12月にモスクワで初演され、第1楽章と終楽章はウケませんでしたが、その他の楽章は概ね好評で、とくに「小さな行進曲」は繰り返し演奏されるほどの成功を収めました。ユルゲンソンの勘は大当たりだったわけでございます。
なお、第1組曲は、チャイコフスキーを経済的に支援していたメック夫人に献呈されております。

さて、時は過ぎて1887年12月の終わりに、チャイコフスキーは指揮者としてドイツ演奏旅行の旅に出ます。最初の演奏会はライプツィヒでしたが、なんとこのときのプログラムは第1組曲でした。
以下は、チャイコフスキー自身の手に成る文章でございます。

(ゲヴァントハウスでの第1回リハーサルで)私は指揮台について、手短に、恐らく間違いだらけのドイツ語で謝辞を述べ、それから試演が始まった。(中略)
最初の休止の後、誤解を除くために必要な最初の注意のあとで、つまり、オーケストラと一層近しい関係に入ると、興奮は弱まって、ただ試演が最後まで出来るだけうまくいくようにという配慮だけが残る。組曲の第1楽章の後で私は楽士たちの表情や、顔に浮かんだ微笑によって、オーケストラ・メンバーの多数が直ちに私の友となったことを見た。私の臆病はみるみるうちに消えて、試演全体は大成功裡に終わり、私は非常に高い価値をもつ音楽団体をこなし得たという確信を土産にそこを去った。ライネッケ(ゲヴァントハウス管弦楽団の常任指揮者)とブラームスは、二人ながら演奏場の奥に坐って試演をきいてくれた。ブラームスは互いに挨拶した際に私を鼓舞するような言葉は少しも述べなかった。然し私は後になって、組曲の第1楽章が彼に大いに満足を与えたことを知った。それに反して彼は第2楽章以下、特に第4楽章《Marche miniature》には不満の由であった。

チャイコフスキー「ドイツ旅行の思い出」(堀内 明・訳)

フーガで書かれたシリアスな第1楽章を気に入り、軽妙で人懐っこい第4楽章に不満をもつというのは、いかにも謹厳実直なブラームスのイメージそのままという感じで面白いですね。

ここで取り上げておりますピアノ連弾版は、チャイコフスキー自身による編曲でございます。
ピアノで演奏された組曲第1番、お楽しみいただければ幸甚でございます。


組曲第1番 ニ短調 作品43・全曲連続再生 

第1楽章/序奏とフーガ:アンダンテ・ソステヌート ― モデラート・エ・コン・アニマ
     (I. Introduzione e Fuga : Andante sostenuto - Moderao e con anima) 
第2楽章/ディヴェルティメント:アレグロ・モデラート(II. Divertimento : Allegro moderato) 
第3楽章/間奏曲:アンダンティーノ・センプリーチェ(III. Intermezzo : Andantino semplice) 
第4楽章/小さな行進曲(IV. Marche Miniature) 
第5楽章/スケルツォ:アレグロ・コン・モート(V. Scherzo : Allegro con moto) 
第6楽章/ガヴォット:アレグロ(VI. Gavotte : Allegro) 

◇「あそびのピアノ連弾」に戻ります◇
◇背景画像提供:自然いっぱいの素材集
◇編 曲:P. I. チャイコフスキー ◇MIDIデータ作成:Jun-T ◇録 音:jimma