チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35 (Tchaikovsky : Violin Concerto in D major, Op.35) |
チャイコフスキーには「協奏曲」と称する作品が4つありますが、そのうちの最初の2つ、ピアノ協奏曲第1番とヴァイオリン協奏曲はそれぞれのジャンルで音楽史を飾る傑作となっております。そしてこの2曲が、チャイコフスキーの「傑作の森」というべき1874年〜78年の時期の最初と最後に書かれているのも興味を惹く事実でございます。
1877年、チャイコフスキーは不幸な結婚と新婚生活から逃避するため、スイスのクラランに長期滞在しておりました。翌年の3月、かつての教え子であったヴァイオリニストのイシオフ・コテックとともにラロの「スペイン交響曲」を演奏したチャイコフスキーは、この体験からインスピレーションを得て、ヴァイオリン協奏曲に取り組みます。
「今朝、私は強烈なインスピレーションに突き動かされて、いくつかの小品、ピアノのためのソナタ、そしてヴァイオリン協奏曲を書いています」(3月17日)
このように、ヴァイオリン協奏曲は猛烈な勢いで作曲されました。
チャイコフスキーはこの協奏曲を、当時ペテルブルク音楽院教授だったレオポルト・アウアーに献呈するつもりでした。アウアーは優れたヴァイオリニストとして高い名声をもっておりましたが、チャイコフスキーのスコアを検討した結果、「演奏不可能」と判定し、演奏を拒否しました。
ようやく実現した初演は残念ながら不評で、とりわけウィーン楽壇で大きな発言力をもっていたエドゥアルト・ハンスリックが「悪臭を放つ音楽」と酷評したことはよく知られております。
この曲はロシアの作曲家の作品としてだけでなく、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスのものと並んで、古今のヴァイオリン協奏曲中、もっとも有名な作品のひとつとして今日に至るまで愛好されております。
ここで取り上げておりますピアノ連弾用のスコアは、至らぬながらJun-Tによる編曲でございます。 | |
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調・全曲連続再生 | |
第1楽章/アレグロ・モデラート ― モデラート・アッサイ (I. Allegro moderato - Moderato assai) | |
第2楽章/カンツォネッタ:アンダンテ〜第3楽章/フィナーレ:アレグロ・ヴィヴァーチッシモ (II. Canzonetta : Andante - III. Finale : Allegro vivacissimo) | |
◇「あそびのピアノ連弾」に戻ります◇ | |
◇編曲・MIDIデータ作成:Jun-T ◇録音:jimma | |