シベリウス/キュッリッキ 作品41
(Jean Sibelius : Kyllikki - Three Lyrical Pieces, Op.41)

フィンランドの国民的叙事詩「カレワラ」とシベリウスの音楽とは切っても切り離せない関係にある、という印象がございますが、実際にシベリウスの作品表を見てみますと、少なくとも純粋な器楽作品においては、「カレワラ」を直接の題材にした作品は意外に少なく、しかもその大部分が第1交響曲以前の初期に集中していることに気づきます。
声楽を含む大規模な「クレルヴォ交響曲」で作曲家のキャリアをスタートしたシベリウスは、1895年までに「レミンカイネンとサーリの乙女」「トゥオネラの白鳥」「トゥオネラのレミンカイネン」「レミンカイネンの帰郷」の4つの交響詩から成る「四つの伝説(レミンカイネン組曲)」を書き上げますが、その後「カレワラ」に基く純粋にオーケストラのための作品としては、中期の「ポホヨラの娘」と最後期の「タピオラ」を残しているに過ぎません。これは、シベリウスが20世紀に入って、ロマン主義的国民楽派の作風から一歩離れた抽象的な歩みを進めた結果とも考えられます。

「キュッリッキ」は、「カレワラ」を直接の題材としたピアノ作品でございます。「カレワラ」との関連性のあるピアノ曲としては唯一のもので、その意味では貴重な作品と申せましょう。
作曲は1904年、シベリウス39歳の年でございます。第1、第2の交響曲、「フィンランディア」などでシベリウスの名が国際的に認知され始めた時期の作で、同じ年にはヴァイオリン協奏曲(初稿)も初演されております。
シベリウスのピアノ曲集は、折々に書いた作品をいくつかまとめてひとつの作品番号を付けて出版する、というのが普通で、全曲に統一的なテーマが与えられることはほとんどございません。作品75の「樹の組曲」や作品85の「草花の組曲」などは例外的な作品でございます。
その意味でも、「カレワラ」の登場人物であるキュッリッキを作品のモティーフに据えた作品41は、シベリウスのピアノ曲集としては特異な存在というべきでしょう。

さて、ここで扱われる「キュッリッキ」の物語は、大略以下のようなものでございます。

ハンサムで腕っ節も強いレミンカイネン(レンミンカイネン)は、妻が欲しくなり、求婚のためサーリの島へ出かけます。サーリでは、すべての若い女を手玉に取りますが、レミンカイネンが最終目標としていた絶世の美女キュッリッキのみは陥落いたしません。そこでレミンカイネンは、祭りで踊っていたキュッリッキを拉致し、故郷に連れ帰って強引に妻にします。
原始的な略奪婚とはいえ、レミンカイネンとキュッリッキは、互いに「レミンカイネンは今後戦いには行かない。キュッリッキは今後村へ遊びに行ったり踊ったりしない」という誓いを交わし、円満な夫婦生活が始まります。
ところが、退屈な日々に倦んだキュッリッキは、夫の目を盗んで村へ出かけ、そこで踊りに参加してしまいます。
それを知ったレミンカイネンは激怒し、新たな妻を迎えるために、ポホヨラへと旅立つのでした。

シベリウスの「キュッリッキ」は、3つの曲から成っております。
モティーフとなったエピソードは上記のようなものですが、シベリウスはこの曲をエピソードに忠実な標題音楽として書いてはおりません。各曲には曲名すらなく、それらの曲が個々の具体的な情景を描いたものでないことは明らかです。
第1曲はかなりドラマティックな雰囲気をもち、第2曲は哀感を帯び、表現の振幅の大きい音楽、第3曲は舞踏調の曲で、強いて申し上げるなら、第1曲は略奪されるキュッリッキ、第2曲はキュッリッキの憂鬱、第3曲は踊るキュッリッキ、というところでございましょうか。

ともあれ、物語を知らなくても充分にひとつの組曲として聴き応えのあるこの曲、お楽しみいただければ幸甚でございます。

(2011.12.3〜12.10)

第1曲:ラルガメンテ ― アレグロ(I. Largamente - Allegro) 
第2曲:アンダンティーノ(II. Andantino) 
第3曲:コモード(III. Commodo) 

「キュッリッキ」・全曲連続再生 

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◇背景画像提供:自然いっぱいの素材集
◇MIDIデータ作成:Jun-T ◇録 音:jimma