ドヴォルザーク/ヴァイオリン協奏曲イ短調 作品53 (Antonín Dvořák : Violin Concerto in A minor, Op.53) |
ドヴォルザークは最初期の習作を除くと生涯に3曲の協奏曲を残しております。このうち後期のチェロ協奏曲はきわめてよく知られた大傑作ですが、初期から中期にかけて書かれたピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲は、作曲家の知名度の割には地味な存在となっております。とはいえ、ヴァイオリン協奏曲はドヴォルザークらしい豊かな楽想に満ちた佳作であり、今日でもそれなりに演奏機会のある作品でございます。
オーストリア政府の奨学金に応募したことがきっかけでブラームスの知遇を得たドヴォルザークは、ブラームスの紹介で大ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムとも知り合うことができました。ヨアヒムはドヴォルザークの室内楽作品に興味をもち、弦楽六重奏曲イ長調作品48と弦楽四重奏曲変ホ長調作品51の2曲を、1879年6月と7月に、立て続けにベルリンで演奏してくれました。
「ヨアヒム氏の要請により、私は協奏曲を1小節も残さずすっかり書き直しました。(中略)主題は変えず、そのうえ、いくつか新たに書き加えました。けれども、作品全体の構想はまったく違うのです。つまり、和声づけ、オーケストレーション、リズム、展開などを一新したのです」
これで見ますと、ドヴォルザークはこの協奏曲を手直しどころではない規模で大改訂したと思われます。この書き直されたスコアはヨアヒムに送られましたが、どうしたわけかヨアヒムはこの曲に対して反応を示さず、ようやく1882年になって、丁重な文面ながら「このままでは不充分で発表することはできません」という返事を書き送りました。
この協奏曲は、外見上は伝統的な3つの楽章で構成されておりますが、第1楽章と第2楽章が接続されており、これはかなり珍しい例となっております。当時、ブルッフの第1ヴァイオリン協奏曲が非常に人気を博しており、ドヴォルザークもこれを参考にしたのではないかと思われます。
ここでは、この作品をピアノ連弾の形に編曲してみました。多少なりともお楽しみいただければ幸甚でございます。
|