ドヴォルザーク/自然と人生と愛
(Antonín Dvořák : Nature, Life, and Love)

1891年、50歳の年を迎えたドヴォルザークは、ひとつの大がかりな作品の着想を得ます。それは3曲の序曲からなる一種の組曲で、それぞれの曲が「自然」、「人生」、「愛」を表現するというものでございました。

3月31日、ドヴォルザークは最初の序曲のスケッチに着手いたします。この曲は4月18日にスケッチを完了し、7月8日にはオーケストレーションも終えて完成されました。ドヴォルザークの構想ではこれは「自然」を表現した曲に相当するはずでしたが、ドヴォルザーク自身は適切な曲名をなかなか決めることができず、友人に宛てた8月1日の手紙でも「私はこれをなんと名づけていいかいまだにわからない」と書いております。
7月28日には第2の序曲に着手しましたが、「人生」に相当するこの曲は、すんなり「謝肉祭」と名づけられました。「謝肉祭」のスケッチは8月14日に完了し、オーケストレーションは9月12日に終えております。
3番目の序曲は11月になってから書き始められ、スケッチの完了は翌1892年の1月14日、それまでの2曲の進行速度に比べるとえらく遅筆のように思えますが、これは12月10日からスケッチと同時進行でオーケストレーションを施していたからで、オーケストレーションの完成は1月18日、スケッチ完了の4日後でございました。

初演は4月28日、ドヴォルザーク自身の指揮で行われました。この時のプログラムでは、曲名は「自然」、「人生(チェコの謝肉祭)」、「愛(オセロ)」となっております。
当初の構想に従い、ドヴォルザークはこの3曲をひとつのまとまった序曲集として、作品91という作品番号で出版することを考えておりました。全曲のタイトルは「自然と人生と愛」とし、3曲は同じ作品番号をもつこと、ただし各曲単独の演奏も可の旨を、出版社のジムロックに宛てて書いております。
ところが1893年の11月になって、ドヴォルザークは考えを変え、以下のようなことをジムロックに書き送っております。

この序曲集は、本来「自然と人生と愛」というタイトルをもっています。しかしながら、各曲は個々に自立した作品でもありますので、こんなふうにしたらどうかと思うのですが。

  序曲ヘ長調(自然の中で)作品91
  序曲イ長調(謝肉祭)作品92
  序曲嬰へ短調(オセロまたは悲劇的または英雄的?)作品93

もっといい考えがおありでしょうか?それとも、単に「序曲」として放っておいた方がいいでしょうか?しかしこれはある程度は標題音楽なのですが。

「ある程度は標題音楽」というのは、ひょっとするとドヴォルザークのブラームスに対する遠慮を示しているのかもしれません。この当時、絶対音楽派と標題音楽派が現在では想像もつかないほど論争を繰り広げておりまして、ブラームスは絶対音楽派の代表選手に祭り上げられておりました。そのブラームスを恩人としているドヴォルザークのこと、堂々と「これは標題音楽でござい」とはいえなかったのではないでしょうか。
それはともかく、結局この序曲集は翌1894年の3月、それぞれ異なった作品番号を付されて出版されております。最終的な曲名は、全曲を指すものとしては「自然と人生と愛」、個々には「自然の中で」、「謝肉祭」、「オセロ」と決定されました。

3つの序曲はそれぞれ「自然」、「人生」、「愛」を象徴しておりますが、どの曲もソナタ形式に基いた絶対音楽的手法(※注)で書かれている一方、すべての曲に次のようなモットーが現れ、本来の構想であった組曲あるいは序曲3部作としての内的統一が図られております。

このモットーは第1の序曲「自然の中で」では主要主題として用いられております。その意味で「自然のモットー」と申してもよろしいかもしれません。「謝肉祭」と「オセロ」がこのモットーで関連しているということは、結局ドヴォルザークにとって、「人生」も「愛」も自然の一部、すべての根源は自然にあり、ということを表しているのではないでしょうか。
それにしても、「愛」を象徴する第3の序曲のテーマが「オセロ」だというのは、ドヴォルザークという作曲家のイメージからすると少々意外な気がいたします。穏やかな愛、満ち足りた愛ではなく、憎悪に通じる嫉妬の愛とは、ドヴォルザークの意外な暗黒面を発見したような気がいたします。

現在、この3曲が序曲3部作としてまとめて演奏される機会はめったにございません。第2の序曲「謝肉祭」のみが、その直接的な活気溢れる魅力で親しまれているだけでございます。しかしながら、他の2曲もこの時期のドヴォルザークの円熟した魅力に満ちた作であり、等閑視されるには惜しい佳作と申せましょう。
3曲続けて聴くことで、この曲集の面白味をあらためて再発見できるのではないでしょうか。

「自然と人生と愛」は、スークとネトバルの手に成る全曲のピアノ連弾用の編曲譜が出版されておりますが、その楽譜は入手できませんでした。
そこでやむを得ず、「あそびの音楽館」ではJun-Tが編曲したもので演奏しております。例によって拙い編曲のため、原曲の魅力の大部分は失われておりますが、この編曲で原曲に興味をおもちになる方がひとりでもいらっしゃれば幸甚です。

(注)
ただし、ソナタ形式はそれぞれの曲でかなり自由に扱われております。
「自然の中で」は提示部が非常に大きく、経過部がほとんど第2主題部と申してよいほどの実質を備えているため、3つの主題部をもっていると考えてもよろしいでしょう。またこの曲では、3曲中唯一再現部がかなり忠実に提示部を再現いたします。
「謝肉祭」は提示部と展開部の間にゆっくりした部分(「自然のモットー」はここで扱われます)が挿入される一方、再現部では第2主題の再現が完全に省略されております。
「オセロ」も3つの主題部を備えた大がかりな提示部をもっておりますが、再現部では第1・第2主題部が簡潔に要約される一方、第3主題部はより拡大されて内的なクライマックスを形作っております。また、この曲では「自然のモットー」が裏の第1主題(?)として大いに活用されているのが目(耳)を惹きます。


序曲「自然の中で」(Amid Nature, Op.91) 
序曲「謝肉祭」(Carnival, Op.92) 
序曲「オセロ」(Othello, Op.93) 

序曲3部作「自然と人生と愛」・全曲連続再生 

◇あそびのピアノ連弾に戻ります◇
◇背景画像提供:自然いっぱいの素材集
◇編 曲・MIDIデータ作成:Jun-T ◇録 音:jimma