デュカ/ピアノ・ソナタ 変ホ短調 (Dukas : Sonate pour piano en mi bémol mineur) |
寡作家として知られるデュカ(デュカス)は、40年を超える音楽活動の中で、わずか4曲のピアノ曲を残したに過ぎません。しかもそのうち2曲は委嘱による小品で、自発的に作曲した本格的な作品は変ホ短調のピアノ・ソナタと「ラモーの主題による変奏曲、間奏曲と終曲」だけでございます。 しかしながらこの2曲は、19世紀末から20世紀初頭にかけてのフランス音楽において、伝統を重んじながらも近代音楽の感性に彩られ、堅固に構成された大作であるという点で、独自の風格をもつ傑作と申し上げなければなりません。 とりわけピアノ・ソナタについては、この時期に現れたこの種の作品の中では、世界的に見ても比類ない業績と考えてよろしいのではないでしょうか。 |
ベートーヴェンの32曲のピアノ・ソナタの後、このジャンルはシューベルト、ショパン、シューマンによって引き継がれ、この3人はそれぞれに優れた業績を残しました。 しかしながら、19世紀も後半に入りますと、1850年代の初めに完成されたリスト、ブラームスの作品を最後に、ピアノ・ソナタの分野からはめぼしいものが姿を消してしまいます。この時期、ピアノのための作品そのものは多くの作曲家の手で盛んに書かれておりましたので、これはもう、ピアノ・ソナタというジャンルそのものが、創作意欲を刺激するような魅力を失っていたということでございましょう。 ピアノ・ソナタが再び作曲家の重要なジャンルとして取り上げられるようになるのは20世紀に入ってからで、スクリャービン、ラフマニノフ、アイヴズ、バルトーク、ベルク、プロコフィエフ、コープランドらの手によって、個性的なピアノ・ソナタが次々に生み出されます。
さて、デュカのピアノ・ソナタは1899年から1900年にかけて作曲されました。上に挙げた作曲家たちの中では、わずかにスクリャービンただ一人が初期のソナタを書いていた時期で、ピアノ・ソナタの歴史ではいまだ不毛の時代でございます。 「このソナタは、総体をかたちづくる部分を組みあわせてゆく熱烈な忍耐の結果であり、演奏会場で弾かれるのを聴いてたやすくそれについてつけないおそれが、もしかしたらある。ということは、しかし、その美しさからもその夢からも、何ひとつ奪いはしない。(中略)デュカース氏にとって、音楽は、形式(フォルム)の無尽蔵な宝庫であり、想像力の支配がおよぶぎりぎりまで楽想を練りあげることを氏に許す記憶――あり得る限りの記憶の、汲みつくせない泉である。(中略)そこでは、感動を配分する芸術が、能力のすべてをあげて立ちあらわれる。感動が<構成する力をもつ>とさえ言ってよい」 なお、出版にあたって、曲はサン=サーンスに献呈されました。
この曲は伝統的な4つの楽章で構成されておりますが、スケルツォに相当する第3楽章を除き、他のすべての楽章がソナタ形式で出来ており、しかも演奏に45分ほどを要するという大作で、ベートーヴェンの第29番(ハンマークラヴィーア)やシューベルトの最晩年のソナタ群に匹敵する規模をもっております。また、音楽の方向性もベートーヴェン的な「暗から明へ」という流れをとり、その点でも伝統に立脚して構想されているといえそうです。
ベートーヴェンふうの精神的ドラマを内包しつつ、磨き抜かれた近代的書法で外郭をデコレートされたフランス屈指のピアノ・ソナタ。 |
◇あそびのエトセトラに戻ります◇ | |
◇背景画像提供:「自然いっぱいの素材集」様 | |
◇MIDIデータ作成:Jun-T ◇録 音:jimma | |