ドビュッシー/交響的断章「聖セバスティアンの殉教」 (Claude Debussy : Le Martyre de Saint Sébastien - Fragments Symphoniques) |
ドビュッシーはその生涯にいくつかの舞台作品を書いておりますが、10年の長年月をかけて完成されたオペラ「ペレアスとメリザンド」(1893〜1902)を除くと、今日劇場のレパートリーとして残っている作品は皆無に等しいと申さねばなりません。 これら半分忘れられたような作品中、オペラでも演劇でもない「神秘劇」と銘打たれた「聖セバスティアンの殉教」は、その規模の上で「ペレアスとメリザンド」に匹敵する大作でございます。上演時間5時間に及ぶ全5幕のこの「神秘劇」(ただし、ドビュッシーによる音楽は通算1時間程度)は、後期に入ったドビュッシーの力作として、もう少し注目を集めてもよい作品ではないかと愚考いたします。
イタリアの詩人・作家ダヌンツィオ(Gabriele D'Annunzio:1863〜1938)の台本、ユダヤ系ロシア人の女優・舞踏家イダ・ルビンシテイン(Ida Lvovna Rubinstein:1885〜1960)の主演で上演される予定の「聖セバスティアンの殉教」の音楽を委嘱され、ドビュッシーが作曲に着手したのは1911年の1月のことでした。 |
イダ・ルビンシテイン |
聖セバスティアヌス(ルーベンス画) |
セバスティアヌス(?〜287)はローマの軍人でしたが、キリスト教徒でございました。皇帝ディオクレティアヌスによるキリスト教大弾圧の時代に、セバスティアヌスはローマで数々の奇跡を起こし、捕えられて全身を矢に射られて処刑されます。が、なんと死んだと思われたセバスティアヌスは蘇生し、またもキリストへの忠誠を誓い、ディオクレティアヌスを論破しようとしたため、今度は棍棒で殴り殺されたということでございます。 数ある聖人の中でも、2度も殉教したという人は珍しいのではないでしょうか。
1911年5月22日にイダ・ルビンシテイン主演、カプレ指揮で初演された「聖セバスティアンの殉教」は、音楽の内容とは全然無関係なところで騒ぎをもたらしました。当時のパリ大司教が、すべてのカトリック教徒に対して、この作品の鑑賞を禁止したのでございます。理由はユダヤ人であるイダがキリスト教の聖人を演じるという点にあり、この問題はさらに発展して、ダヌンツィオの著書がローマ教皇庁の禁書に指定されるまでに至ったということでございます。
原曲はナレーションを含む独唱、合唱と管弦楽のために書かれておりますが、オーケストレーションを手伝い、初演の指揮も担当したカプレによって純粋な管弦楽のために再構成された組曲形式の交響的断章「聖セバスティアンの殉教」の存在は、この作品を忘却から救い出すのに大きく寄与しております。
第1楽章:百合の庭
この交響的断章を2台のピアノのために編曲しておりますのは、ガルバン(Lucien Garban:1877〜1959)という人でございます。ガルバンはラヴェルの友人で、「ラ・ヴァルス」などラヴェルの作品をはじめ、フランス近代音楽をいろいろとピアノ連弾や2台ピアノのためにアレンジしているようでございます。 演奏される機会に恵まれないとはいえ、後期ドビュッシーのユニークな魅力が満載された「聖セバスティアンの殉教」、作曲者の生誕150年を記念したささやかな試みとしてお楽しみいただければ幸甚でございますm(__)m |