ドビュッシー/海 ― 3つの交響的素描
(Claude Debussy : La Mer, trois esquisses symphoniques)

「『牧神の午後』への前奏曲」で注目を集め、「ペレアスとメリザンド」で重要な作曲家としての地位を確立したドビュッシー。独特の音感覚によって、機能和声から脱却した自由な音の配置と繊細なニュアンスをもった作品に彩られた青春期を終え、年齢的にも円熟期を迎えたドビュッシーが世に問うたのは、「印象派」というレッテルを返上するかのような構築的で骨太な音楽でした。これが「3つの交響的素描(スケッチ)」の副題をもつ管弦楽のための作品「海」でございます。

「ペレアスとメリザンド」初演の翌年、1903年に着手されたこの曲は、2年近い時間をかけて書き続けられ、完成されたのは1905年の春、ドビュッシー43歳の年でございます。この間、エンマ・バルダックとの不倫、妻リリーの自殺未遂、離婚と、私生活の上でも波乱が続き、その意味でもこの数年間はドビュッシーにとって人生の転機となる時期でございました。
「海」は1905年10月にコンセール・ラムルーの演奏会で初演されましたが、金目当てに長年連れ添った妻を捨てて富豪の銀行家夫人に乗り換えた、という中傷に晒されたこともあり、賛否相半ばする結果に終わりました。この作品が傑作と認められたのは、初演から3年後、ドビュッシー自身の指揮で再演されてからということでございます。

「海」はその名の通り、海をイメージした標題音楽という一面を持っておりますが、同時に循環形式を内包した交響曲的作品と見ることもできます。作曲家の矢代秋雄氏は著書の中で「なぜこれを単に『交響曲』と呼んではいけないのか?」と疑問を表明しておりますが、初期の試作品を除いて生涯「交響曲」というジャンルに手を染めることのなかったドビュッシーの、これは唯一の交響曲と申してもよろしいかもしれません。
3つの楽章にはそれぞれイメージを喚起するような標題が付けられておりますが、内的な関連性のゆるい組曲的な「夜想曲」や「管弦楽のための映像」と比較しますと、「海」に見られる強い構成的意志は、ドビュッシーの大規模な管弦楽作品の中でも際立っております。

ピアノ連弾のための「海」は作曲者の手に成るものですが、ドビュッシー自身この編曲について「演奏不可能」と認めたほどの難曲となっております。「『牧神の午後』への前奏曲」を2台ピアノのために編曲したドビュッシーが、より幅広い表現力を必要とする「海」をあえて制約の大きい1台ピアノ用に編曲した理由は不明ですが、光彩陸離たるこのオーケストラの傑作を、モノクロームなピアノの音色を用いてドビュッシーがどのように料理しているかを見るのも一興かと存じます。


海 ― 3つの交響的素描・全曲連続再生 

第1楽章:海の夜明けから真昼まで (I. De l'aube à midi sur la mer) 
第2楽章:波の戯れ (II. Jeux de vagues) 
第3楽章:風と海の対話 (III. Dialogue du vent et de la mer) 

◇あそびのピアノ連弾に戻ります◇
◇背景画像提供:自然いっぱいの素材集
◇編 曲:C.ドビュッシー ◇MIDIデータ作成:Jun-T ◇録 音:jimma