クロード・ドビュッシー/白と黒で
(2台のピアノのための3つの小品)
Claude Debussy : En Blanc et Noir,
Trois morceaux pour pianos à quatre mains

1914年に勃発した第1次世界大戦は、ドビュッシーに強い衝撃を与えました。それまでもワーグナーに代表されるドイツ・ロマン派の音楽に敵対的な立場をとっていたドビュッシーですが、この頃から「フランスの音楽家」を自称し、作風にも以前とは異なる一種の苦さを含んだ色合いが加わってまいります。
世界大戦と自身の体調不良から、1914年は作曲活動に沈滞が見られましたが、翌15年になると激しい勢いで創作意欲が燃え上がり、ピアノのための「12の練習曲」、チェロとピアノのためのソナタ、フルートとヴィオラとハープのためのソナタ、「もう家のない子のクリスマス」などが次々に生み出されます。2台のピアノのための「白と黒で」も、その年の夏に大きな意欲をもって書かれた一連の作品のひとつでございます。

ドビュッシーははじめこの曲を「白と黒の奇想曲」とするつもりでしたが、やがてより簡潔で印象的な「白と黒で」という曲名に変更しました。「白」と「黒」というのは、いうまでもなくピアノの鍵盤の色のことでございます。
ドビュッシー自身は友人に宛てた手紙に「曲名についてはあまり深読みしないでください。この作品は単に、ピアノの響きから、その色彩と感覚を引き出したものにすぎず、それはベラスケスの灰色のようなものだと申しておきましょう」と書いておりますが、それは「きわめて陰影に富んだ灰色」ということでございましょうか。
いずれにしましても、この「白と黒で」という作品は、すでに死に至る病に冒され、急激な肉体の衰えに直面している人の手に成るものとは思えないほど、ダイナミックで豊かな表現力に満ちた傑作なのでございます。

「白と黒で」は3つの曲から構成されております。ドビュッシーのこの種の作品としては珍しく、個々の曲に標題は付けられておりません。その代わりのように、各曲の楽譜にはそれぞれ異なる詩人による詩句が書き込まれております。

第1曲 シェイクスピアの悲劇に基くグノーのオペラ「ロミオとジュリエット」から
     「席から離れず
      踊りにも加わらず
      何がお気に召さぬやら
      小声で呟いておられる」

第2曲 フランソワ・ヴィヨンの「フランスの敵に対して訴えるバラード」から
     「公子よ、エオルスの奴隷となるか
      グラウクスの支配する森で
      さもなくば、平和と希望の主となるか。
      フランス王国に悪しき法をもたらすものは
      その徳をもつに値しない」

第3曲 シャルル・ドルレアンの詩から
     「冬よ、おまえはいとわしき者……」

また、それぞれの曲は異なる3人に献呈されております。

第1曲 指揮者のクーセヴィツキーに
第2曲 出版社の社主デュランの甥で、1915年3月3日に戦死したジャック・シャルロに
第3曲 作曲家のストラヴィンスキーに

「白と黒で」はドビュッシーがピアノのために書いた作品としてはおそらく最後のものでございます。
この年の11月、直腸癌の手術を受けたドビュッシーは、なお2年を生きますが、ヴァイオリンとピアノのためのソナタただ1曲を除くと、闘病生活の中で書き続けた2つの作品、オペラ「アッシャー家の崩壊」もカンタータ「フランスへの頌歌」も、また構想中の種々の楽器のための3曲のソナタも、すべてが未完に終わったのでございました。


第1曲:我を忘れて(I. Avec emportement) 
第2曲:ゆっくりと、暗く(II. Lento. Sombre) 
第3曲:スケルツァンド(III. Scherzando) 

2台のピアノのための「白と黒で」・全曲連続再生 

◇あそびのピアノ連弾に戻ります◇
◇背景画像提供:自然いっぱいの素材集
◇MIDIデータ作成:Jun-T ◇録 音:jimma