ブラームス/二重協奏曲 イ短調 作品102
(J. Brahms : Double Concerto in A minor, Op.102)

1870年代から1880年代にかけて、ブラームスは創作の絶頂期を迎えます。ブラームスという作曲家は、20歳前後から60歳過ぎまで、ほぼコンスタントに作曲活動をつづけ、しかもいずれの作品でも一定以上の水準を維持し続けるという稀有な芸術家ですが、その中でもとりわけ40歳頃からの15年余りの期間は、充実した作品を次々に世に送り出した、実りの秋ともいうべき時期でございました。
1885年に交響曲第4番(作品98)、1886年にチェロ・ソナタ第2番(作品99)、ヴァイオリン・ソナタ第2番(作品100)、ピアノ三重奏曲第3番(作品101)と、立て続けに多楽章構成の大形式作品を書き上げたブラームスは、さらに翌1887年、ヴァイオリンとチェロのための協奏曲という、珍しい編成の作品を発表します。そしてこの曲は、ブラームス最後のオーケストラ作品となりました。同時に、この曲によってブラームスは実りの秋の時期に別れを告げ、老境に足を踏み入れたと見ることもできましょう。

1887年の7月に、ブラームスは親友のヴァイオリニスト、ヨアヒム(Joseph Joachim;1831〜1907)に「ヴァイオリンとチェロのための協奏曲を書きたいという衝動が抑えきれない」という手紙を送っており、実際にその時期に着手、ブラームスとしては異例の速筆で8月上旬には完成しております。
これより以前の1884年、ヨアヒムは離婚訴訟を起こしておりますが、その際、ブラームスが妻に慰謝の手紙を送ったことで友人関係にひびが入りました。それから絶交に近い関係が続いておりましたが、新作のヴァイオリンの扱いについてブラームスが助言を仰いだことで、次第に関係は修復され、9月の試演、10月の公開初演ではヨアヒムが独奏を担当し、ブラームスとヨアヒムの関係は旧に復したのでございます。
この間の経緯を熟知していたクララ・シューマンは、この協奏曲を「和解の協奏曲」とよんで、2人の和解を祝福したそうでございます。

ところで、バロック期や古典派までの時代には、複数の独奏部をもつ協奏曲は数多く書かれましたが、ベートーヴェン以降の19世紀ロマン派時代にこの種の作品は少なく、今日レパートリーとして定着しているのはブラームスの作品のみと申しても過言ではありません。
しかしながら、この曲がブラームスの4つの協奏曲の中ではもっとも演奏頻度が低く、この作曲家の最後のオーケストラ作品ながら、いささか華に欠けるものがあるのも否定できません。
もともとブラームスの作風は艶消しの渋さが持ち味ですが、この曲ではその渋さが際立っており、生涯ブラームスを支持し続けたクララ・シューマンさえも「色彩感に乏しいこの作品には将来性が感じられない。ブラームスらしい新鮮な温和さに欠ける」と評しております。
とはいえ、この作品が19世紀の協奏曲の分野で重要な一角を占めていることは間違いありません。

曲は3つの楽章で構成されておりますが、通常の協奏曲のようなカデンツァはございません。第1楽章の冒頭にカデンツァふうの導入部が置かれておりますが、それがカデンツァとしてのすべてでございます。この点は、第2ピアノ協奏曲と共通しており、ブラームスにとって協奏曲が交響曲に非常に近いものであったことが窺われます。
協奏的ソナタ形式の厳粛な第1楽章、牧歌的で郷愁を帯びた三部形式の第2楽章、ジプシー音楽的な風味をもったロンド形式の第3楽章。
全体的に重厚な音楽ですが、他の3つの協奏曲に比較すると演奏時間が短く、ブラームスのこのジャンルの作品ではもっとも小柄な曲となっております。

ここでは、この協奏曲をピアノ連弾の形でやっております。
編曲者はケラー(Robert Keller;1828〜1891)という人ですが、この人物は楽譜出版のジムロック社の社員で、自社で出版する作品の編曲も担当しておりました。ブラームスはジムロック社から多くの作品を出版しておりますが、ケラーについてはあまりよい評価をしておりません。
「ケラーは優秀な人物で、すべてを勤勉にきちんと行うので誰も文句のつけようがないが、彼の連弾用の編曲は凡庸で、才能のある演奏者には退屈です」と社主のジムロックに宛てた手紙で書いております。
ブラームスから見れば凡庸な編曲かもしれませんが、ピアノで演奏された二重協奏曲、お楽しみいただければ幸甚です。


二重協奏曲イ短調 作品102・全曲連続再生 

第1楽章/アレグロ(I. Allegro) 
第2楽章/アンダンテ(II. Andante) 
第3楽章/ヴィヴァーチェ・ノン・トロッポ(III. Vivace non troppo) 

◇「あそびのピアノ連弾」に戻ります◇
◇編曲:R. ケラー ◇MIDIデータ作成:Jun-T ◇録音:jimma