ブラームス/ピアノ三重奏曲第1番 ロ長調 作品8
(Johannes Brahms : Piano Trio No.1 in B major, Op.8)

室内楽曲はブラームスの最重要ジャンルのひとつですが、その最初の作品がこのピアノ三重奏曲第1番でございます。実際には、それ以前にヴァイオリン・ソナタを書き上げており、シューマンはこれを出版するように勧めたのですが、ブラームス自身は作品に満足できず、破棄してしまいました。したがって、第1ピアノ三重奏曲は公表された最初の室内楽作品ということになります。
1854年、ブラームス21歳の年に完成。多楽章構成の曲としては、その前年までに3つのピアノ・ソナタを書き上げており、より広大な器楽曲の世界に満を持して踏み出した、というような、若々しい意欲を感じさせる作品になっております。

この曲はブラームスの室内楽曲の中ではある種異色の作品で、他の同種の曲にない2つの大きな特徴をもっております。

1. 長調の曲にもかかわらず、終楽章が同主短調で終わる。
2. 後年、全面的に改訂されたにもかかわらず、初版も現役で存在している。

1については、ロ長調で始まる曲がロ短調で結ばれるわけですが、こういう調性配置は音楽史で見てもかなり珍しい部類に属します。有名な例で申せばメンデルスゾーンの第4交響曲「イタリア」ということになりましょう。ブラームスにも主調が長調でありながら終楽章が短調の曲として、第3交響曲や第1ヴァイオリン・ソナタがありますが、これらは長調で結ばれており、最後まで短調のままという例は他にございません。
2はブラームスの場合とりわけ異例で、完成度を重視するこの作曲家は、作品を改訂するとそれ以前の版を破棄するのが通常でした。したがって、初版と改訂版がともに存在するというのは、ブラームスではきわめて稀なことなのでございます。
1889年、56歳の年に、それまでジムロック社から刊行されていたこの曲をブライトコプフ・ウント・ヘルテル社からも出版することになり、それを契機としてブラームスは、35年も前に書いた作品の改訂版を作ることにいたしました。この改訂は大規模なもので、全曲を簡潔化することに主眼を置き、当時のブラームスから見て冗長と思われる個所を容赦なく削ぎ落しております。
第1楽章と第4楽章では第2主題部をまるきり別のよりシンプルなものに書き換え、それに応じて展開部も書き直しております。また、第1楽章では広大なコーダもはるかに簡潔なものに差し替えます。
第3楽章では長い中間部を全削除して、見通しのよい音楽に置き換えます。
その結果、次のように小節数に大幅な変動が生じております。

  第1楽章:494小節 → 289小節
  第2楽章:459小節 → 460小節
  第3楽章:157小節 →  99小節
  第4楽章:518小節 → 322小節

これを見れば、ブラームスがいかに大ナタを振るったかおわかりになるかと存じます。
しかしながら、ブラームスの友人の中には初版の方を高く評価する者もおり、ブラームス自身も初版を破棄する決心がつかなかったのか、結局両方の版が流通することになりました。
今日、一般的にはより完成度の高い改訂版が演奏されておりますが、旋律的な魅力をもつ初版にも一定数の愛好者がおり、同じ曲を二通りの楽しみ方ができるという点で、この曲はブラームスの作品としては格別の面白味をもっていると申せるかもしれません。

ここで使用しましたスコアは、ケラー(Robert Keller;1828〜1891)という人の手に成る、改訂版(1889年版)によるピアノ連弾用の編曲でございます。
ピアノで演奏されたピアノ三重奏曲第1番、もしお楽しみいただければ幸甚でございます。


ピアノ三重奏曲第1番ロ長調 作品8・全曲連続再生 

第1楽章/アレグロ・コン・ブリオ(I. Allegro con brio) 
第2楽章/スケルツォ:アレグロ・モルト(II. Scherzo : Allegro molto) 
第3楽章/アダージョ(III. Adagio) 
第4楽章/アレグロ(IV. Allegro) 

◇「あそびのピアノ連弾」に戻ります◇
◇編曲:R. ケラー ◇MIDIデータ作成:Jun-T ◇録音:jimma