ボロディン/弦楽四重奏曲第2番 ニ長調
(A. Borodin : String Quartet No.2 in D major)

19世紀ロシアの作曲家のうち、室内楽の分野で大きな業績を残した人は、おそらくボロディンとチャイコフスキーの二人だけと申してよろしいかと存じます。とりわけ、弦楽四重奏曲というジャンルに限れば、ボロディンの残した2曲、中でも第2番ニ長調は、チャイコフスキーの3曲を抑えてこの時代のロシア弦楽四重奏曲の筆頭の位置を占めております。

ハイドン以来、多くの弦楽四重奏曲が作られてまいりましたが、ベートーヴェンの16曲(プラス「大フーガ」)が現れると、それらは後進の作曲家たちにとって超え難い壁として意識されるようになりました。同時代に生きたシューベルトの作品は別として、ベートーヴェン以後の19世紀の大作曲家のうち、重要な弦楽四重奏曲を残した人はそう多くありません。
名を挙げればシューマン、ブラームス、ドヴォルザークあたりになりましょうか。付け加えるならフランクとスメタナ、新しいところではドビュッシーといったところで、この時代に数多く生み出されたオペラや交響曲をはじめとするオーケストラ作品や、同じ室内楽でも五重奏曲以上の曲種やピアノを含む作品に比べると、弦楽四重奏曲に傑作が多くないことは明瞭と申せましょう。これはやはり、ベートーヴェンという壁が高かったことが一因と考えられます。
そのような中、弦楽四重奏曲に永続的なレパートリーを残したボロディンの功績はきわめて大きいと申さねばなりません。

ボロディンは若い頃には比較的多くの室内楽曲を書いておりますが、バラキレフのグループに参加した30歳以降はこの分野から遠ざかっておりました。理由のひとつとして、グループの目的が「ロシアに根ざしたロシア人のための音楽」を生み出すことにあり、オペラやオーケストラ曲、歌曲のようなジャンルが重視されていたため、ボロディンも交響曲や歌曲に力を傾注したことが考えられます。
46歳になる1879年、ボロディンは最初の弦楽四重奏曲を書き上げます。この時期、ボロディンはすでに2つの交響曲を完成しており、作曲家としての知名度もかなり高くなっておりました。円熟期を迎えたボロディンは、若い頃に手掛けた室内楽の分野に本格的に取り組みたいと考えたのかもしれません。

ボロディンは自嘲気味に自らを「日曜日の作曲家」と称したように、30歳代でサンクト・ペテルブルク大学の教授に就任してからは、非常な多忙の中に身を置いておりました。
第1交響曲に約5年、第2交響曲に約8年という長年月を費やしたのも、ボロディンの多忙が原因でございます。第1弦楽四重奏曲も、着手から完成までおよそ5年を要しております。
このように教職、研究、雑用に追われたボロディンですが、2つ目の弦楽四重奏曲は、なんと2か月という、この作曲家としては驚異的な速さで書き上げられました。
1881年は、ハイデルベルク留学中のボロディンがそこで出会ったピアニスト、エカチェリーナ・プロトポーポヴァにプロポーズした時から20年目にあたります。結婚はそれから2年後のことですが、ボロディンはプロポーズの年を記念して、愛妻に新作を贈ることを決め、猛烈な速度で曲を書き上げたのでございました。
結婚20周年でなくプロポーズ20周年というのはちょっと変わっておりますが、ボロディンにとって、愛を告白したというのはそれほど重大なことだったのでしょう。
当然ながら作品は妻に献呈され、翌1882年の初演以来、今日まで弦楽四重奏曲の重要なレパートリーとして世界中で演奏されております。

全曲は4つの楽章で構成されておりますが、形式の面から見ますと、すべての楽章がソナタ形式またはそれに準じる形で書かれている点に大きな特徴がございます。
この作品ではボロディンのメロディメーカーとしての才能が十二分に発揮され、曲全体に豊かな旋律が満ちております。とりわけ第3楽章「夜想曲」は非常に有名で、さまざまな編成にアレンジされて親しまれておりますが、この楽章に限らず、全曲が伸びやかな旋律性に富んでおります。
こうした歌謡的な要素がソナタ形式という堅固な論理性と融合して、絶対音楽としても国民楽派の音楽としても魅力的な姿に造形されていることは驚嘆に値すると申してよろしいでしょう。

「あそびの音楽館」では、この優れた作品を、ピアノ連弾の形に編曲して掲載させていただきます。
お楽しみいただければ幸甚です。


弦楽四重奏曲第2番ニ長調・全曲連続再生 

第1楽章:アレグロ・モデラート (I. Allegro moderato) 
第2楽章:スケルツォ/アレグロ (II. Scherzo : Allegro) 
第3楽章:夜想曲/アンダンテ (III. Notturno : Andante) 
第4楽章:フィナーレ/アンダンテ ― ヴィヴァーチェ 
       (IV. Finale : Andante - Vivace) 

◇あそびのピアノ連弾に戻ります◇
◇編曲・MIDIデータ作成:Jun-T ◇録 音:jimma