ベートーヴェン/交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」
(Beethoven : Symphony No.3 in E flat major, Op.55 "Eroica")

ベートーヴェンが3番目の交響曲を本格的に書き始めたのは1803年のことですが、この時期はまさに「傑作の森」の入口と申してよく、作品31の3つのピアノソナタ(1802年)、ピアノ協奏曲第3番、クロイツェル・ソナタ(1803年)、ワルトシュタイン・ソナタ(1804年)、熱情ソナタ(1805年)など、画期的な作品が次々に現れております。ベートーヴェン自身、これまでとは異なる新しい地平を開拓する意欲に満ち溢れており、そのことを友人への手紙の中で宣言しておりました(1802年)。
Beethoven 交響曲の分野でベートーヴェンの野心を体現した最初の作品が、1804年に完成された第3交響曲でございます。
2年前の第2交響曲は18世紀的古典派交響曲としては極めて意欲的な作品でしたが、第3交響曲ではもはや異なった次元を切り拓いており、交響曲の歴史を塗り替える音楽になりました。
この交響曲はベートーヴェン自身によって「ある偉大な人物の思い出に捧げる英雄交響曲」と題されており、作曲者自ら曲名を与えた2つの交響曲(もう1曲は第6交響曲「田園」)のひとつでございます。
第3交響曲が当時ヨーロッパを席巻したナポレオン・ボナパルトの英雄的行動に触発されたことは事実でございましょう。しかしながら、出来上がった作品はナポレオンという特定の人物をテーマとした音画ではなく、もっと広い意味での「英雄」という概念の音楽的表現と捉えるべきでございましょう。終楽章に「プロメテウスの創造物」(1801年作のバレエ)の主題が導入されていることも、この作品が戦場の英雄ばかりでなく、文化的英雄への頌歌となっていることをうかがわせます。

「英雄交響曲」がベートーヴェンの全交響曲中、最後の第9を除いて最大最長の作品であることはいうまでもございません。とりわけ、前半の2つの楽章は規模雄大で、そのため後半の2つの楽章が前半の重量を充分に支えきれていないのではないか、とさえ感じられます。愚見ですが、仮に第2楽章と第3楽章を入れ替えたら、全曲の据わりがよくなるのではないか、と思えたりいたします。
それはともかく、ベートーヴェン自身は第8交響曲まで書き上げた時点でも「英雄交響曲」を自作交響曲のベストに挙げており、作曲者にとってもこの曲がきわめて思い入れの強い作品であったことを示しております。

「あそびの音楽館」では、この有名作を2台ピアノに編曲したもので演奏してみました。
原曲の趣きを再現するにはまことに貧弱なアレンジではありますが、万が一お楽しみいただければ幸甚でございます。

(2015.11.10〜12.1)

交響曲第3番変ホ長調 作品55・全曲連続再生 

第1楽章/アレグロ・コン・ブリオ(I. Allegro con brio) 
第2楽章/葬送行進曲:アダージョ・アッサイ(II. Marcia funebre : Adagio assai) 
第3楽章/スケルツォ:アレグロ・ヴィヴァーチェ(III. Scherzo : Allegro vivace) 
第4楽章/フィナーレ:アレグロ・モルト(IV. Finale : Allegro molto) 

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◇編 曲・MIDIデータ作成:Jun-T ◇録 音:jimma