ヴォーン・ウィリアムズ/田園交響曲
(Ralph Vaughan Williams : A Pastoral Symphony)

レイフ・ヴォーン・ウィリアムズは20世紀前半のイギリス音楽界の重鎮でございます。あらゆるジャンルに膨大な作品を残しておりますが、中でも9曲の交響曲でイギリスを代表する交響曲作家のひとりに数えられております。

「田園交響曲」は作曲順では3番目の交響曲で、1918年から21年(完成時作曲者49歳)にかけて書かれ、晩年の1952年(80歳)に改訂されたものでございます。
どういうものか、ヴォーン・ウィリアムズは自作の交響曲に番号を付けるのを嫌い、題名をもつ「海の交響曲(1903〜10、38歳)」、「ロンドン交響曲(1912〜13、41歳)」、「田園交響曲」、「南極交響曲(1949〜52、80歳)」はもちろん、第4(1931〜34、62歳)、第5(1938〜43、71歳)、第6(1944〜47、75歳)、第8(1953〜55、83歳)にあたる4曲にも番号を付けず、それぞれへ短調交響曲、ニ長調交響曲、ホ短調交響曲、ニ短調交響曲と称しておりました。ところが1957年(85歳)に書き上げた9番目の交響曲がホ短調であったため、6番目のホ短調交響曲と区別がつかなくなり、やむを得ず交響曲に通し番号をつけるのを承認したという話でございます。
したがいまして、この「田園交響曲」も、正式名称は交響曲第3番「田園」ではなく、あくまで「田園交響曲」なのでございます。ただし、どうしても通し番号を付けたい場合は、カッコ付きで「田園交響曲(交響曲第3番)」とすることになっております。

一世代前のエルガーや、後の世代のウォルトン、ブリテンなどに比較しますと、ヴォーン・ウィリアムズの音楽にはローカルな色合いが顕著な気がいたします。たとえば、作曲家で指揮者のコンスタント・ランバートはその著書(Music Ho!)の中で、ヴォーン・ウィリアムズの「田園交響曲」について、おおよそ以下のようなことを書いております。

エルガーの交響曲を認めないチェコ人に対して、われわれは、「それでもあなたは、この交響曲のオーケストレーションの見事さを認めないわけにはいかんでしょう」と主張することができる。
しかし、ヴォーン・ウィリアムズの「田園交響曲」を認めないチェコ人に対しては、「なるほど、そうでしょうなあ」というしかない。

この場合の「なるほど、そうでしょうなあ」は、「外国人のあなたには、この曲の良さはわからんでしょうなあ」という意味に解して間違いないと思われます。すなわちランバートは、ヴォーン・ウィリアムズの音楽の真価はイギリス人にとっては自明でも、それが海を越えて受け容れられることは難しいと考えていたのでございましょう。
ランバートが上のようなことを書いてから約80年、ヴォーン・ウィリアムズの名は充分に浸透していると思われますが、作品がそれに比例して愛好されているかといえば少々疑問でございます。そこにはやはり、越えるのが難しいローカリズムの壁があるのかもしれません。
とはいえ、ヴォーン・ウィリアムズの音楽のもつ郷愁を帯びた響きには、一度虜になると病みつきになる魅力がございます。

「田園交響曲」は、すべての楽章がモデラート系の穏やかなテンポを基調とする、一見起伏に乏しい平坦な音楽で、タイトルから予想されるような、のどかで楽しげな曲ではございません。同じ「田園」でも、ベートーヴェンの描いたオーストリアの明るい田園とはえらい違いでございまして、こちらの「田園」は、どんよりとした曇り空の下に広がる荒涼とした平原、という感じでございます。
この曲のもともとの着想は、第1次世界大戦に従軍したヴォーン・ウィリアムズが戦場で耳にした、調子の外れた軍隊ラッパの記憶によるそうでございまして、その音を外したラッパの響きは第2楽章に現れるのですが、あらかじめそういう説明でも受けていないと、この曲と第1次世界大戦を結びつける人など皆無かと思われます。
「田園交響曲」には事物・事象の具体的描写に類するものは一切ございません。上述しましたトランペットの響きも、曲の中ではほの暗い模糊とした背景に溶け込んで、一種のムードを醸し出す素材となっております。
小鳥も囀らず、小川のせせらぎもなく、村人も歌い踊らず、もちろん激しい雷雨や牧人の神への感謝も聴こえない、寂寥感を漂わせる訥々とした語り口こそ、ヴォーン・ウィリアムズの「田園交響曲」の真骨頂と申せましょう。

4つの楽章は古典的交響曲の各楽章にいちおう対応してはおりますが、先に申し上げましたように交響的アレグロの楽章はなく、全曲中唯一活発な動きを見せるスケルツォの第3楽章でさえテンポは中庸を保っております。
声部の書法はポリフォニックというよりはむしろヘテロフォニーふうで、和声的には平行和音を多用しているため、作品全体に一種素朴で古雅な趣きがもたらされております。
初めて聴いたときには変化の少ない退屈な音楽に思えるかもしれませんが、じっくり聴き込んでまいりますと、淡々とした流れの中に、意外なほど振幅の大きい表現が潜んでいることに気づかされます。ソプラノのヴォカリーズを伴う第4楽章など、私には「嵐が丘」のヒースの荒野が目に浮かんできそうな気がいたします。

「あそびの音楽館」では、このユニークな作品を2台のピアノ用(第4楽章のみはソプラノ独唱と2台のピアノ用)にアレンジいたしました。
そもそもこのような作品をピアノで演奏すること自体、あまり意味があるとも思えませんが、まったくの個人的な興味だけでこのような形にしてみました。
原曲の面白味はほとんど残っていない編曲ではございますが、暇つぶしにでもお聴きいただければ幸甚でございますm(__)m


田園交響曲(交響曲第3番)・全曲連続再生 

第1楽章:モルト・モデラート(I. Molto moderato) 
第2楽章:レント・モデラート(II. Lento moderato) 
第3楽章:モデラート・ペザンテ ― プレスト(III. Moderato pesante - Presto) 
第4楽章:レント ― モデラート・マエストーソ(IV. Lento - Moderato maestoso) 

◇あそびのピアノ連弾に戻ります◇
◇背景画像提供:自然いっぱいの素材集
◇編曲・MIDIデータ作成:Jun-T ◇録 音:jimma