1877年、チャイコフスキーは不幸な結婚と新婚生活から逃避するため、スイスのクラランに長期滞在しておりました。翌年の3月、かつての教え子であったヴァイオリニストのイシオフ・コテックとともにラロの「スペイン交響曲」を演奏したチャイコフスキーは、この体験からインスピレーションを得て、ヴァイオリン協奏曲に取り組みます。
この時期、チャイコフスキーは後援者のメック夫人に宛てた手紙で以下のように書き送っております。

「今朝、私は強烈なインスピレーションに突き動かされて、いくつかの小品、ピアノのためのソナタ、そしてヴァイオリン協奏曲を書いています」（3月17日）
「私は協奏曲に集中したいという思いを抑えることができず、ピアノ・ソナタを中断しました」（3月19日）
「私の協奏曲はフィナーレに辿り着きました」（3月26日）
「今日、ヴァイオリン協奏曲を書き上げました。まだ見直しが必要です。それから、オーケストレーションしなければなりません。これから最後の仕上げに取りかかります」（3月28日）

このように、ヴァイオリン協奏曲は猛烈な勢いで作曲されました。
曲が出来上がると、チャイコフスキーはコテークとともに演奏して、作品を検討しました。その結果、第1楽章と終楽章は満足すべき出来ながら、第2楽章は曲にふさわしくないという気になり、これを外して新たな緩徐楽章を作ることにします。
新しい第2楽章は4月5日に書き終え、4月11日にはオーケストレーションも完了して、全曲が完成しました。

チャイコフスキーはこの協奏曲を、当時ペテルブルク音楽院教授だったレオポルト・アウアーに献呈するつもりでした。アウアーは優れたヴァイオリニストとして高い名声をもっておりましたが、チャイコフスキーのスコアを検討した結果、「演奏不可能」と判定し、演奏を拒否しました。
失望したチャイコフスキーは同じく音楽院教授のカール・ダヴィドフにも打診しましたがこれも断られ、せっかくの新作はお蔵入りになりかけます。
曲の完成から3年後の1881年、当時ウィーンで活動していたアドルフ・ブロツキーがこの曲に興味をもち、ウィーンでの初演が決まります。感謝したチャイコフスキーは、この曲をブロツキーに献呈いたしました。

ようやく実現した初演は残念ながら不評で、とりわけウィーン楽壇で大きな発言力をもっていたエドゥアルト・ハンスリックが「悪臭を放つ音楽」と酷評したことはよく知られております。
しかし、ブロツキーはこの不評にめげず、ヨーロッパやアメリカで協奏曲を積極的に演奏し続け、数年後には一般の支持も大きくなり、当初演奏拒否していたアウアーまでもがレパートリーに入れるに及んで、この作品は名曲としての地位を獲得いたしました。
このような経緯は、まるでピアノ協奏曲第1番の場合の再現のようで、アウアーをニコライ・ルビンシテインに、ブロツキーをハンス・フォン・ビューローに入れ替えれば、ほとんど同じような状況であることは興味深い限りでございます。

この曲はロシアの作曲家の作品としてだけでなく、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスのものと並んで、古今のヴァイオリン協奏曲中、もっとも有名な作品のひとつとして今日に至るまで愛好されております。

ここで取り上げておりますピアノ連弾用のスコアは、至らぬながらJun-Tによる編曲でございます。
ピアノのみで演奏されたヴァイオリン協奏曲、お楽しみいただければ幸甚です。