サティ/ぶよぶよした前奏曲 ― 犬のための
(Erik Satie : Préludes flasques - pour un chien)
Satie 1910年前後のフランス音楽界では、ドビュッシー、ラヴェルらの高踏的・詩的な作品、スクリャービンの超ロマン的・神秘的な作品、ストラヴィンスキー初期の近代化されたロシア国民楽派的作品など、目も眩むような華々しい音楽シーンが展開されておりました。
こうした状況の中で、そのような音楽界の動向から孤立していたのがサティの音楽でございます。
奇妙な曲名、簡潔な曲想、当時としては非常識な記譜法など、楽壇では変人扱いされていたサティは、「わが道を行く」スタイルで創作を続けておりました。それでも、楽壇の主流を占めるのがドビュッシーに代表される高踏派的芸術家たちばかりであることには、どうにも納得できないものがあったようです。

1912年、サティはピアノのための「ぶよぶよした前奏曲」という作品集を、楽譜出版の大手デュラン社に持ち込みます。
このヘンテコな題名は、当時多く見られた詩的・イメージ喚起的な曲名に対する皮肉やあてこすりの一種かと思われます。とりわけ、1910年に発表されたドビュッシーの「前奏曲集」第1巻の各曲に付けられたとりどりの曲名が、サティの気に障ったのではないかと愚考いたします。
また、「ぶよぶよした」という形容は、曖昧模糊とした印象派的作風に対する揶揄とも受け取られます。サティのこの作品は、題名にもかかわらず簡潔でむしろ引き締まった筆致で貫かれており、「ぶよぶよ」とは対極にあるのですから。
さらに、ご丁寧に付けられた「犬のための」という言葉は、価値もわからず世間的評価に流される専門家や聴衆のことを指しているのではないかと推察されます。

さて、サティの申し出は拒否され、デュラン社は「ぶよぶよした前奏曲」を出版しませんでした。サティはこれに抗議し、より過激な記譜法によるピアノのための「本当のぶよぶよした前奏曲」を作曲、これを出版社デメッツに持ち込みました。そして、こちらの方はなぜか直ちに出版されております。
「ぶよぶよした前奏曲」が出版されたのは、サティ没後の1960年代になってからのことでございました。

「ぶよぶよした前奏曲」は4つの小品から成っております。
第1曲「内奥の声」は「真面目に、しかし涙なしに」と指示された、意外な美しさをもったコラール。
第2曲「犬儒派的牧歌」は「深い愛情を込めて」と指示された2声のインヴェンション。「犬儒派」とは古代ギリシア哲学の一派で、犬のような乞食生活を実践する禁欲派のことで、樽の中に住んだというディオゲネスが有名です。
第3曲「犬の唄」は「静かに、手間取らずに」と指示された変ロ長調の調号をもつ小品で、これも2声が基本ですが、即興的で唐突な変化を含む音楽です。
第4曲は「ぐるになって」と題された三部形式の曲で、主部はト長調、中間部はニ長調の調号をもっております。シャンソンふうの筆致で、全曲中唯一快速調の曲想と思われますが、テンポの指示はないので本当のところは不明です。ここではやや快速でやってみました。

(2021.5.14〜5.17/Jun-T)

ぶよぶよした前奏曲 ― 犬のための・全曲連続再生 

第1曲:内奥の声(I. Voix d' Intérieur) 
第2曲:犬儒派的牧歌(II. Idylle cynique) 
第3曲:犬の唄(III. Chanson canine) 
第4曲:ぐるになって(IV. Avec camaraderie) 

◇「サティ/ピアノ作品集」に戻ります◇
◇MIDIデータ作成:Jun-T ◇録 音:jimma